診療中 ユニット3 Case5 ~ 勤務医「朝井先生」の決意 ~
私とカフェに行った翌日、朝井先生はお父様に全てを打ち明けたそうだ。
そのお父様の反応は意外だったらしい。
「私が厳しすぎたな。」
「もっと早く話してくれれば…。お前がそうできなかったのも私のせいだな。自分の行いを悔いている。」
「お前には申し訳ないことをしてしまった。」
「今すぐにでもいいから、帰っておいで?」
「お前の本気は十分に伝わったから。これからは何でもいいから私に相談しなさい。」
と、お父様は朝井先生の事を認めて、退職や帰省も許して下さったそうだ。
宣言通り、朝井先生は休み明けに退職届を院長に渡した。
出勤してすぐ、朝一番に持って行ったそうだ。
院長の反応はというと…
「急にふざけんな!!」
「お前バカなのか!?俺がここまで育ててやったのに!!」
「恩を仇で返すとはいい度胸だ!」
「俺に刃向かうと、どうなるかくらいわかってるだろう?」
「今すぐに出て行け!俺の視界から消えろ!」
「患者の予約の関係で売上に損失が生じたら、全部請求してやるからな!朝井っ!!」
と、こんな感じで怒鳴られたそうだ。
朝井先生も予想通り・想定内だったのだろう。
私が出勤し朝井先生と顔を合わせたのは退職宣言をした後だったが、院長に怒鳴られた後でも彼が怯えているご様子は全くなかった。
その日の朝井先生の診療は落ち着いていて、以前よりも堂々とされているようにさえ感じた。
みなさんの予想通り、朝井先生の退職はスムーズにはいかなかった。
朝井先生が担当されている治療の予約をどう調整するのかで院長と揉めた。
また、その際に生じるであろう損失についてグチグチと言われ、減給もあったようだ。
突然辞めたわけでもなく猶予を持っての退職であったので、クリニックに対し重大な損失を与えてはおらず、恐らくは正当な理由のない減給であろう。
そうなると給与の不当な未払いにあたる可能性もあるのだが、守銭奴で非人道的で浅はかな院長は知る由もなかったのだろう…。
愚行だと感じた。
その上、朝井先生は退職に際し、数枚にも及ぶ誓約書にサインを求められた。
勿論、朝井先生の意志などは全く関係ないという扱いだった。
問答無用で強制的にサインをさせられたそうだ。
極悪な院長のことなので、
「サインしなければ辞めさせないからな!」
「この場ですぐにサインしろ!」
という激昂状態を私は想像したのだが、朝井先生に確認すると面白い程にそっくりそのままだった。(笑)
朝井先生曰く、その誓約書の内容も院長の自作である感じがしたらしく、士業の先生のチェックが入っていない感覚と何とも言えない違和感があったそうだ。
恐らくは自己都合ばかりで、一部は法律に則っていない内容だったのだろう。
想像に難くない。
興味があったので朝井先生にその誓約書の内容を聞いてみたのだが、よく読ませてはもらえない状況下で、且つその場でのサインの強要であった為、内容はうろ覚えだった。
朝井先生もとにかく辞めたかったのと、もうこれ以上院長とは関わり合いを持ちたくないという思いで、秒でサインしたそうだ。
その誓約書の内容だが…
当クリニックの半径10キロ以内に勤務しないこと。
当クリニックの半径10キロ以内に居住しないこと。
退職後は現在のアパートから即刻退去すること。
患者との個人的な関わり合いがある場合は院長に必ず報告すること。
退職後に当クリニックで知り合った患者と交流を持たないこと。
業務上知り得た情報や出来事など、その詳細について口外しないこと。
(↑殴る蹴るの暴行事件・パワハラについては口を噤め!ということだろうw)
etc...
クリニックの運営を妨げないようにというよりは、ほとんどご自身の保身がメインのような内容だった。
まぁ、あれだけ暴力を振るったのだから、口外されてはご自身のイメージダウンに繋がり、不都合極まりないのは確かだろう。
この勤務医である朝井先生のように、この世の中には上からのパワハラや派閥・学閥などの横のお繋がりからの圧力に必死に耐えながら、置かれた場所で一生懸命に頑張っている人が沢山いるはずだ。
どこの業界でも同じことが言えるのかもしれないが、上に逆らえば出世はおろか、普通に活動することすら危うくなる。
一度でも刃向かえば、それが一生ついて回る。
たとえこちらに全く非がなくとも…。
だからこそ、朝井先生は大事にはせず、院長に言われるがままサインをし、静かに辞めていかれたのだ。
その後の朝井先生はどうなったのか?と、心配されておられる方もいらっしゃるだろう。
彼はその後、県内の別のクリニックへと就職された。
そこは医療法人であり、歯科クリニックだけではなく、訪問歯科や介護老人保健施設、訪問看護ステーション、在宅介護支援センター等、多岐に渡る運営を行っている大きな組織だった。
理事長先生のフィロソフィーを拝見したが、とても素晴らしいお考えをお持ちの方だった。
そこを知る私の知人も
「あそこは働きやすいってみんな言ってるよ♪」
と、実際の評判も良かった。
朝井先生の配属された歯科クリニックは、院長先生を中心に勤務医が他に3名おられた。
知り合いを通じて朝井先生のご様子を伺ったのだが、勉強会にも積極的に参加されていたそうだ。
スルー&スルー歯科クリニックで多発したような、初歩的なミスを繰り返す事はそちらでは起こっていなかった。
仲間に支えられながら研鑽を積み、患者さんからも慕われる頼もしい歯科医師にご成長されたそうだ。
その後、5年程度そちらのクリニックで修行し、惜しまれながら退職なさった。
朝井先生が地元の東北に戻られる前、珍しくDMが届いていたのだが、そこにはこんな事が綴られていた。
この度、クリニックでの修行を終えて、実家に戻る事となりました。
あの頃の僕を知っている秋山さんであれば驚くかもしれませんが、今では歯周外科治療も行えるようになったんです!!
FOP(フラップオペレーションの略。歯肉剥離掻爬術。歯肉を切り開いて行う歯周病の外科手術。その術式のこと。)も沢山の症例を担当しました。
移籍したクリニックでは丁寧に教えてもらえる時間も確保されていて、落ち着いた環境で学び、とても雰囲気のいい職場で育てていただきました。
あの時、思い切って秋山さんにご相談して良かったです。
秋山さんは僕にもよく「無理なく頑張って下さいね!」とエールを送ってくれましたが、今度は僕からも秋山さんに同じ言葉を贈りたいと思います。
明言は避けますが、そちらはどうしても環境に問題がございますので、くれぐれもご無理はなさいませんように…。
ご自愛下さいね。
それでは、またいつか!
今まで大変お世話になりました!
本当にありがとうございました!
朝井先生は難易度の高いFOPを得意な処置にすることができ、心の底から誇らしく嬉しい気持ちでいっぱいになりながら私に報告してくれたのだろう。
当時の朝井先生を思うと、私もとても嬉しい気持ちになった。
おまけに私の心配までしてくれるのだから、もう彼は一人前だ。
その門出を心から祝った。
朝井先生もまた、このクリニックから去って行かれた。
石川主任もそうだったが、お二人ともとても嬉しそうにされていて、何だか羨ましくなった。
だが私は、ここで頑張るのだと誓った以上、後には引けないし負けてはいけないと思ってしまった。
そんな真面目で頑なな自分を呪った。
…そして私は、限界を知ることとなる。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます♪
これにて、朝井先生篇は終了です。
今後の展開やいかに…。
続きも読んでいただけると、とっても嬉しいです♪
ではでは~♪ではまた☆




