猫
想像してみよう、あなたが飼っている動物たちが何を考えているのか、人間である我々をどう
思っているのかと。ペットショップ、もしくは保護施設から我が家に連れて帰ってきたその
動物のことを。彼らから見える我々の姿と、現実の我々の姿にギャップはあるのか、それと
もありのままの姿で、人と同じようにその形をとらえることができているのかと。餌をくれる
だけの何かとみているのか、それとも仲間なのか、友人なのか。身の回りの世話をしてくれる、
ヘルパーとみなしているのかもしれないと。動物たちはそのしぐさや、声など様々なサインで、
飼い主に対してメッセージを送ってきているのかもしれない、と。
長々と説明してきた訳を話そう。僕は十七歳で、家族三人暮らしで飼っていたのは三毛猫だった。
両親が共働きだったせいもあり、僕は一日の大半をこの猫と過ごした。で、先にいったようなこと
を猫の背中を撫でながら考えていたわけだ。本当にこの子は、僕のことがどう映っているのか、気
になったのだ。
その猫は僕がいるときはずっとそばを離れないものの、両親が家に戻って来るや否や、僕と一緒に
いるとき以上に甘えた声を出したり、べたべたし始めるのだ。そんな時は僕がいくら声をかけも、
僕の方を見向きもしなくなってしまう。僕としては面白くない。さっきまであんなに僕にくっつい
ていたくせに、なんだよって。
ある日、いつものように猫の背中を撫でていた時のこと。目の前が突然逆さになったように見え、
すぐ暗くなってしまった。何が起きたのかは知らないけれど、短期間とはいえ意識がなくなって
いたのだと思う。気が付くと、少し目線が低くなったように感じられた。背中に何かが触れる感 触もある。おやっと思って隣を見ると、そこには僕自身がいた。背中に感じるのは、元々の僕自身 の右手だったのだ。どうやら猫の中に僕の意識が入り込んだようだ。もう一度僕自身を見る。もこ もこした癖のある毛が乗った大きな頭。肌は白く、あごはたるんでいて、腹も出ている。薄汚れた タンクトップに、青いハーフパンツ。正直に言えば醜い。僕は醜かったのだ。猫も誰もいないから、
仕方なく一緒にいたのだろう、そのことがよくわかる瞬間だった。
もともとの僕から離れると、空っぽのそいつは床に滑るようにして横になった。そいつから自由に
なった僕は、家を出た。