【コミカライズ記念・続編】聖水?ただの水ですよ?【婚約者の浮気相手が懺悔しにやってきたので、まとめて断罪することにしました~】
の度一迅社さまにお声掛けいただき、小説「婚約者の浮気相手が懺悔しにやってきたので、まとめて断罪することにしました」をZERO-SUMコミックス「偽聖女だと言われましたが、どうやら私が本物のようですよ? アンソロジーコミック」にてコミカライズいただきました!
今回はコミカライズを記念して、小説「婚約者の浮気相手が懺悔しにやってきたので、まとめて断罪することにしました」の続編を執筆いたしました。前編をご覧になってからの方が分かりやすい内容となっておりますので、ぜひ前編もご覧いただけますと幸いです。
【婚約者の浮気相手が懺悔しにやってきたので、まとめて断罪することにしました】
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永遠の若さ。それは一部の女性には、大枚をはたいても、全財産を、全てをなげうってでも手に入れたい喉から手が出るくらい欲しいもの。かもしれない。
この世界には、神の声を聴くことができる清らかな身体をもった聖女と呼ばれる女性たちがいた。
彼女たちは聖女の務めとして、祈りを捧げ、神の声に、民の声に耳を傾け、神と民の橋渡しを行っていた。
彼女たちへの信仰は厚く、教会はこの世界に点在している。聖女を巡って国が亡んだり戦争を起こしたという歴史も残っているくらい、彼女たちは各国にとって重要な存在であった。
中でも特に神々の声を聴く力が強い女性は、大聖女と呼ばれており、現在は世界では1人しかいない。
そんな、大聖女のエリスは、大聖女の名に恥じない豪華絢爛な大聖堂で暮らしていた。しかし、彼女は大聖堂を飛び出して、放浪の旅をしていた。
「やばい、お金がもうない」
エリスは、カフェテリアで新聞を横目にアイスカフェオレを啜りながらぼやいていた。大聖堂から飛び出し、僅かな路銀を使い隣国であるヘリカルム王国までやってきていた。
新聞には「大聖堂聖女スカーレット、未だ神の声聞こえず」という見出しと共に、大聖堂で祈りをささげるスカーレットの写真が掲載されている。写真のスカーレットは、騎士団だろうか騎士に槍を突き付けられながら祈りをささげており、白黒写真からも分かるくらいやつれていた。
『あら、白黒なのが惜しいわね』
エリスの脳内に女性の声が響く。次の瞬間、エリスの肩越しに新聞をのぞき込む女神が現れた。
「もうあきたわよ。そんなことより、お金よお金。大聖堂から持ち出したお金がもうないのよ」
女神の突然の登場にも慣れたことだと驚く様子もなくエリスは、新聞から興味を失ったようについっと新聞から目を宙へと移し天を仰ぎ手でコインの形を作りながら手首をプラプラと振る。
「では、こういうのはどうですか?エリス大聖女」
突然かけられた声に、エリスは声がした方へと目を向ける。そうすると、ラウンドテーブルの反対側になんだか見覚えのある小柄な記者が座っていた。
「あ!?あなた、いつの間に!?」
女神の突然の登場には驚かないエリスもさすがに驚く。
「ご無沙汰しております、エリス大聖女」
「え、ええ。前回会ったときとずいぶんと雰囲気が違いますね」
「前回会ったときは大聖女の破天荒具合に驚かされていたんです」
小柄な記者は手慣れた様子で、ウェイターを呼び止め。コーヒーを注文しながら、エリスが握っていた新聞の記事を指さす。
「これ、僕が書いた記事なんですよ。大聖女のあの記事をきっかけに配置換えで教会担当になったんです!」
「へぇ~」
「あ、興味なさそうですね?今回は、僕が教会担当だから持ってこれた話だというのに…」
「手紙?」
小柄な記者は懐から一枚の封筒を取り出し、エリスに手渡した。質のいい白い紙の封筒には、赤色の封蝋がされていた。
『これは、ヘリカルム王国の紋章ね』
「ヘリカルム王国。ここ?」
「そうです。我々が今いるヘリカルム王国の国王陛下からです」
「国王陛下!?」
「エリス大聖女の噂を聞きつけて依頼したいことがあるらしいです」
エリスはいぶかしく思いながら、封蝋を開けて手紙に目を通す。
「聖水の神秘の力で飲むと老化が止まる?肌に塗ると肌が老化しなくなる?」
「はい。ヘリカルム王国ではそのような話が蔓延しており。各地の教会に聖水欲しさに女性達が押し寄せたり、教会から聖水が盗まれたり。挙句の果てには闇市で聖水が取引されています」
「で、その話の真偽を知りたいのと、その証明をしてほしいってことね」
「はい、その通りです」
そこまで喋った小柄な記者は、ウェイターから受け取ったコーヒーに口をつける。
『ねーえ、エリス。聖水って…』
『言いたいことはわかってるわ。大丈夫』
女神の声にエリスは脳内で返事をし、2枚つづりの手紙をめくる。
「で、次の紙が報酬についてね…。え、こんなに!?」
「それだけ困っているということでしょう」
「ちょっとしたお屋敷が買える金額じゃない。ヘリカルム王国って裕福なのねぇ」
「まあ、あわよくば、大聖女にヘリカルム王国でお屋敷を買って永住してほしいという国王陛下の魂胆でしょう」と小柄な記者は心の中で思いながらも、こくりと頷く。
「現国王と現王妃が結婚してからヘリカルム王国の勢いはすごいですからね。3男3女の子息子女も各分野で頭角をあらわしたり留学したりと栄華そのものです」
「あら貴方くわしいのね?」
「僕はヘリカルム王国出身ですから」
「ふーん?さてと、とりあえず言えることは聖水にはそんな老化を止める効果なんてないわ」
「やっぱりそうです?」
「普段から神の声が聞こえるなんて場面見せられてたら、聖水の神秘~だなんて、信じたくなる気持ちも分かるけども」
「ちなみに、貴族の夫人の中には聖水にエリス大聖女への報酬額と同等の金額を支払った方もいるとか」
「なんですって!?女性の綺麗になりたいという気持ちを踏みにじるなんて、悪逆非道の限りじゃない!」
『その本心は?』
『それもあるけど、どちらかというと報酬がおいしい!』
冷めた目をしながら脳内に語りかけた女神に、元気よく脳内で返事をする。
『そうだと思ったわぁ。あれだけ素を出してても、そこを表に出さないで取り繕えるところ、大聖女が板についてるわね』
『う、嬉しくない、褒め言葉ね…。そんなことより、さて、今回はどう解決しましょうかね?女神様?』
『やだ、エリス。また悪い顔してるじゃない』
『貴女には言われたくないわ?』
『あら、やだ。失礼ね?しかし、こういう時のエリスって顔が生き生きしてるわ。お肌もツヤツヤじゃない?』
『貴女こそ、失礼ね?私のお肌はいつもツヤツヤよ?いつも手作りの化粧水使ってるもの』
『手作りの化粧水~?あ!追加でいいこと思いついちゃった!』
『なにそれ?』
『うふふ、時が来るまで内緒よ。いい女に秘密はつきものだもの。とりあえず、ロイド・ジゼル伯爵と連絡を取ってもらっても?』
『ロイド・ジゼル伯爵?』
『この国、ヘリカルム王国の貴族で大きな商会を持っているわ』
『なんですって。どうして知っているの?』
『これも内緒、よ』
『へーへー、いい女ですこと』
女神の態度に辟易としながらもエリスは気を取り直して、こほんと一つ咳払いをし、小柄な記者に向き直る。
「お受けするわ、この依頼」
「本当ですか?国王陛下に返事しておきますね」
「さて。で、例の聖水って誰がそんなものを売っているのかしら?」
「不定期に謎の集団が城下町の大広場に現れて売っているらしいです」
「不定期ねぇ…。じゃあ、先にロイド・ジゼル伯爵のところに行こうかしら?」
「ジゼル伯爵に何の御用が?」
「知らないわ。女神様にきいてよ」
「えっ、お告げってことですか!?ちょっと、待ってくださいよ~」
エリスはアイスカフェオレをグイっと飲み干し、椅子から立ち上がるとスタスタと出口に向かっていく。それをみた新聞記者は慌てたように、コーヒーを飲み干して、エリスの後を追いかけて行った。
ヘリカルム王国の王都にある貴族邸にて、大聖女の衣装に身を包んだエリスは、黒髪に金の目をした男とその妻と対面していた。
「はじめまして、ロイド・ジゼルです。貴女が大聖女様ですか」
「突然の訪問にも関わらず、ご対応いただきましてありがとうございます。私が大聖女のエリスです」
「とんでもございません。ヘリカルム王国にいらっしゃっていたとは。お会いできて光栄です。こちらは妻のアデライドです」
「アデライドです。お会いできて嬉しいですわ」
「ありがとうございます。こたびは、お二人に神よりお告げがありましたのでお持ちいたしました」
エリスは二人に一通の手紙を手渡す。
「こちらでお読みしても?」
「かまいませんわ」
ロイドの問いにエリスが答えると、ロイドはペーパーナイフで封筒の封をきり、手紙を取り出す。
「これは、化粧水の作り方とアデライドへのお告げですか」
「私ですか?」
「はい。このあと、庭にある井戸に紙を浮かべ奥様が祈りを捧げると新たなお告げが得られるでしょう」
「井戸にですか?…わかりましたわ。誠心誠意お祈りさせていただきます」
「エリス大聖女はいつまでこちらにいらっしゃるご予定で?」
「まだ決めてはいませんの。おすすめの名所など教えていただいても?」
「そうですね…」
訪問の目的が終わり、雑談に花を咲かせていると、トントントンとエリス達のいる部屋がノックされた。ロイドが入るように返事をすると、小柄な新聞記者が入ってきた。
「お話し中失礼いたします。ロイド・ジゼル伯爵並びにその奥方」
新聞記者は平民とは思えない所作でジゼル伯爵夫妻にあいさつをする。
「エリス大聖女にお伝えしたいことがございます。例の件、大広場に動きがありました」
「あ…あらそう。わかったわ。申し訳ございませんが、私はこれにて失礼をいたしますわ」
新聞記者の身のこなしに驚きながらも、エリスはジゼル伯爵夫妻にあいさつをして、屋敷を後にした。
馬車に揺られながら、新聞記者から状況を伺う。大広場の噴水の近くに大きなテントが設置され例の怪しい集団が出入りしているらしい。各新聞社にも明日の朝、大きな発表があるからと取材案内がまかれており新聞記者の手元にも案内状が届いていた。
「現時点での広場の様子は見に行かれますか?」
「お願いするわ。そういえば、さっきのあなたの身のこなし。あれはなに?」
「新聞記者たるもの、貴族のお屋敷に潜入したりもしますからね!」
「…あなた、名前は?」
「今更ですか!?僕はオーシュと申します」
「ふーん。胡散臭いわね」
「そういえば、女神様は?」
「話をそらしたわね。呼んでも反応ないわ。誰かと悪巧みしてるんじゃないかしら?たぶん、ジゼル伯爵夫妻と」
エリスがじとーっとした目線でオーシュを見ていると、馬車は大広場にたどり着いた。エリスは馬車を降り、広場の石畳をてくてくと歩く。そうすると、大きなテントが目の前に現れた。
エリスはテントに近づくと、そおっと中をのぞいてみた。
中には、黒いローブと仮面を身にまとった、小太りの初老であろう男性が部下であろう人々に指示を出していた。
「まったく飼い犬に手をかまれるとはこのことだ…腹立たしい限りだ。でも、明日の発表が成功すると私の地に落ちた名誉も挽回できることだろう。エリスもまだまだ役に立つな」
初老の男性は顎をしゃくりながら、仮面の上からでもわかるくらいニヤニヤと木箱に入っている大量の聖水であろうものを眺めていた。
「っ…!!」
「エリス大聖女!?」
その様子をみたエリスは声にならない悲鳴を上げると、すごいスピードでテントから離れていく。エリスの様子を不思議に思いながらも小声でエリスを呼びかけながらエリスを追いかける。
「っあ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
テントからだいぶ離れたことを確認したエリスは、叫んだ。いつかの如く叫んだ。
エリスを追いかけてきたオーシュはその叫び声に驚く。
見覚えのある、U字型ハゲとかろうじて残った後頭部の元婚約者エーリッヒと同じ色の髪の毛。聞き覚えのある、権力におぼれたねっとりと耳障りな声。大聖堂で受けた屈辱的な日々を思い出す。
「大司教じゃない。あれ!!!なんで、こんなところにいるのよ!?捕まったはずでしょ!?」
「多額の保釈金を支払って、出てきたはずですよ。ちょっと前の新聞に書いてました」
「嘘でしょう!?」
「小さく記事が載ってました。そして、保釈金を払った影響で大聖堂はスッカラカンだそうです」
「あの趣味の悪い、シャンデリアとか絨毯とか売れたのね…」
「そのようです」
「しっかし、まだまだ役に立つってあいつ私の名前で何やるつもりなのよ!?」
「ん~~~、エリス大聖女公認、不老不死の聖水!とか?」
「なにそれ、うそでしょ!?ムカつく!!はぁ~~~…いいじゃん、やったろうじゃん。とりあえず、宿に行くわよ」
エリスは宿に行くとオーシュを待たせて、サラサラと一通の手紙を綴りオーシュへと手渡す。
「国王陛下にこの手紙を送ってくれる?」
「これは?」
「国王からも各新聞社に取材案内を出してほしいこと。大聖女が聖水について語りますと。情報解禁は…明日の正午にしましょうか。各新聞の夕刊が楽しみね」
「はは。頑張って記事を書かせていただきますよ」
「あとは、騎士団の要請を。明日まとめて捕まえてもらわないと」
「承知いたしました。エリス大聖女」
「それじゃあ、おやすみなさい。明日の朝、大広場に集合ね?貴方には特等席でショーを見せてあげるわ」
そういうと、エリスはパタリと扉を閉じて、宿へと戻って行った。
次の日の朝、エリスは大聖女の衣装を身にまとい大広場へと向かう。広場には貴族から平民まで入り乱れ大勢の人でごった返していた。新聞社の記者も騎士団の騎士も大勢来ているようだった。
『はじまるみたいよ。エリス』
「わかったわ」
昨夜、別行動をしていた女神が帰ってきたときにエリスが「どこいってたのよ?」と聞いても女神は「なーいしょ」としか答えなかった。そのあとは、いつもの悪巧みで今日の打ち合わせをしたが、エリスは一つ鬱念とすることがあった、聖水を失った女性達のそのあとだ。綺麗になりたいという思いの昇華先がないのだ。だが、さすがのエリスもそこまでは面倒見切れないなと頭ではわかっているものの気持ちが追い付かなく鬱々としていた。
広場は昨日とは打って変わってテントの前には舞台が用意されていた。そのうえには相も変わらず、黒いローブに仮面を身にまとった大司教がいた。エリスは内心舌打ちをしながらも、息をひそめて目立たないように舞台へと近づく。舞台へ近づくと、大司教が民衆に向かって話し始めた。
「お集まりのみなさま、ようこそお越しくださいました。皆様も噂には聞いたことがあるのではないでしょうか?聖水の神秘の力で飲むと老化が止まる!肌に塗ると肌が老化しなくなる!と…!皆様、欲しいですよね?聖水?」
大司教の話を聞いて民衆がざわめく。特に女性からは絶叫のような声が聞こえる。エリスのこめかみには青筋が一つ。
「皆様のためにたくさんご用意いたしました!ご覧あれ!!!」
大司教の部下たちにより、木箱に詰められた小瓶が次々と運び込まれてくる。エリスのこめかみには青筋が二つ。
「この聖水。なんとエリス大聖女が効果を認めた公認の聖水です!エリス大聖女の聖なる力が宿っています!!」
大司教は木箱から小瓶を一つ取り出すと、中の液体を見せつけるかのように、ユラユラと振る。エリスのこめかみには青筋が三つ、四つ、五つ。エリスは、すーーーーーーっと息を吸う。
「ご無沙汰しておりますわ。大司教」
「え…り、す…?」
大聖堂時代に鍛えた愛想笑いを顔に貼り付け平常心を保ちながら、エリスは舞台へとあがる。大司教は、仮面の上からでもわかるくらいスコンと表情が抜け落ちた顔をしてエリスを見る。
「いやですわ?まるで幽霊でも見たようなお顔」
エリスはくすりと笑うと。大司教へと近づく。エリスが大司教へと近づいた分、大司教はエリスから遠ざかる。それを繰り返すうちに大司教は舞台袖に追いやられ、転げ落ちた。
「まあ、そそっかしいこと。大広場へお集まりの皆様はじめまして。私が大聖女のエリスです。これが噂の聖水ですね…」
エリスは、すっと真っ白な用紙を取り出すと、小瓶から透明な液体を垂らし、演台へとそっと置き、手を組み、祈りをささげる。そうするとすうっと文字が浮かび上がった。
「『真実を正せ』と書いてありますわ」
「なんだと!?」
舞台の下から見ている大司教は驚くが、それを見た民衆は大いに沸く。聖水が本物だと証明されたからだ。
「は…ははっ!エリスよ!やっと私の恩に報いる気になったか!」
民衆の様子に気圧されながらも、大司教はエリスが自分のいうことを聞くようになったと悟り安堵の表情を浮かべる。
その様子を見たエリスは、また一つ青筋を立てながら、大司教に向かってこっそりと中指を立てた。エリスは、すーーーーーーっと息を吸い声を張り上げた。
「真実を正します!!!」
民衆はピタリと動きを止め、エリスの方を見やる。エリスはそれを確認すると、舞台を飛び降り、噴水の方へと歩き出す。民衆はエリスの進む道を開ける。まるでモーゼの海割りだ。
エリスは、噴水までたどり着くと、また真っ白な用紙を取り出すと噴水へと浮かべる。そして、先ほどと同じように祈りをささげる。そうすると先ほどと同じようにすうっと文字が浮かび上がった。エリスはその紙を噴水から取り出すと民衆へと見えるように高らかに持ち上げる。
「噴水の水は聖水だったってこと?」
「え、どういうことなの?」
「噴水の水は近くの水路から引っ張ってきているよな?」
「聖水って…?」
ざわつく民衆は一瞥したエリスはコホンと咳払いをすると、口を開く。
「聖水?ただの水ですよ?」
民衆はまたピタリと動きを止めると、エリスへと注目する。
「我々聖女が祈りをささげるときに聖水と呼んでいる水はただの水です。聖水はあくまでも神々の祈りを降ろすための媒介でしかありません。それ自体にはなんの効力もない。聖水の神秘の力で飲むと老化が止まる?肌に塗ると肌が老化しなくなる?あり得ませんわ」
そういうとエリスは一本木箱からくすねていた、聖水の小瓶の封を開け地面へとジョボジョボとこぼす。民衆は茫然とその光景を見ていた。広場を静寂が包む。
「そんな…」
「じゃあ、私たちは何の価値のないものに、お金を…?」
徐々に我を取り戻してきた民衆だが、動揺を隠せない。悲しみ嘆く女性に今にも怒り狂いそうな女性。今にも、広場に集まった民衆たちの感情は爆発しそうだ。
エリスも、予想はしていたとしても『この状況どうしよう』と思案する。
『私の出番のようね?』
「女神様!?」
いつも脳内で返事をするエリスも思わず声をだす。次の瞬間、舞台から大きな声が聞こえる。
「お集まりののみなさま、ロイド・ジゼルです!聖水を頼りにしていたのに、全く効果がないだなんてどうしよう?そう皆様お困りですね?」
すすり泣くような声がしつつも、民衆はロイドの声に注目する。
「ジゼル商会では、大聖女印の化粧水を本日より発売いたします!!!こちらは大聖女さまも毎日愛用している化粧水のレシピから作り上げた逸品となっております。原材料は東洋の酒を使っており…」
民衆は大いに沸き立ち、新聞記者もロイドの話を一言一句逃さないようにペンを走らせる。はじかれたように騎士団も動き出し、大司教やその部下たちを捉えていく。大司教の叫び声が聞こえるが徐々に小さくなっていく。エリスはその様子にぽかんとしていると『くすくすくす』と笑い声が聞こえる。
『なーに、エリスそのおまぬけな顔!』
『貴女のせいよ!これはどういうこと?』
「あの、エリス大聖女」
呼ばれた方を見ると、ロイドの妻であるアデライドが立っていた。
「アデライドさん」
「お告げの通り、化粧水の量産および販路を確保して、この場を借りて記者発表会をさせていただきましたわ」
「え!」
「こちらが、エリス大聖女のマージンなどを記載した契約書になりますわ」
そういうとアデライドはエリスに、数枚の紙束を渡した。エリスが渡された紙を見ると、大聖女印の化粧水に関する量産および販売に関する契約書だった。化粧水が売れるたびに、エリスに売り上げの幾らかが入る仕組みとなっていた。これでしばらくは路銀に困ることはなさそうだった。
「ど、どういうこと?」
『だって、私、エリスとの旅を続けたいんだもの。だからお金を稼ごうと思って』
『そういうこと!?…やられたわ…』
『いや~、今回も面白かったわ!まーた、明日もエリスが一面を飾っちゃうわね?』
『いや、今回はロイドの大聖女印の化粧水じゃない?』
『エリスみたいなものじゃない!』
『なんかそれは違う気がするわ。でもまあ、化粧水のおかげで当初より悲しむ女性が減ったしよしとするわ』
『でしょ?私って本当にいい女だわ』
『たしかに、いい女ね』
クスクスと笑いあう2人。エリスはアデライドにロイドによろしくと伝え簡単な挨拶をすると、騒々しい広場に背を向ける。
「エリス大聖女!」
いつぞやかのように、オーシュが人込みを縫ってするりとエリスに駆け寄る。
「だから、ぶら下がり取材は予定になかったんだけど?」
「今回も大活躍でしたね?」
「今回は私ではなくて女神様のお告げだわ。とってもいい女なのよ、女神様って」
「今後はどうされるんです?」
「んふふ。内緒よ。いい女に秘密はつきものらしいからね」
エリスは、クスクスと笑いながら広場を後にした。
今回は前編以外にも様々な短編で出てきたキャラたちがでてきました。
以下のURLからそちらの小説もご覧いただけますので、ご興味がございましたら、ぜひご覧ください!
七瀬ゆゆの短編小説はすべて同じ世界でつながっている設定となっております。
■ヘリカルム王国の国王陛下が出てくる作品
「王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった」
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■ジゼル伯爵夫妻が出てくる作品
「『ずるいずるい』と言う妹に何がずるいのかヒアリングをしてみたら、婚約者と婚約破棄して妹の婚約者と婚約することになりました」
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