8:続ける決意
城内の状況が落ち着いた頃、ふみちゃんが治癒室に来てくれた。
「大丈夫?」
心配そうだ。
「怪我とかは無いからたぶん大丈夫だと思うけど、頭を打ったみたいだからもう少し様子を見た方が良いみたい」
元気に答える。
「そっか、じゃぁ、このままこっち泊まっていきなよ?
どうせ明日は日曜日だしさ」
「そうよねぇ」
地球の病院に行くのも、理由とか説明しにくいし。
「うちに泊まった事にすればいいでしょ」
「お願いできる?」
「あんたんち別に誰もいないだろうけど、そういう風に代わりに連絡してあげるよ。
あんたのスマホ持ってくけどいいよね?」
そう、実はわたしは一人暮らしだ。 ただ、家族からはメッセンジャーでの連絡は頻繁にあるし、不自然に返事しないと直接電話が来る可能性もあるのだ。
確かに、代行してもらえば問題は無さそう。 もちろんこういうのは今回が初めてなので、気付いて無いリスクがあるかもしれない。ちょっとだけ気が引ける部分もあるけど、今後もあるかもしれないし、試しも兼ねてやってみますかね。
それで、保険として、ふみちゃんの家に止まってる事にするのだ。 遊んでたら遅くなったから泊まる~みたいな。時間的に。 いや、一緒に試験勉強してたらとかにすべきか……。
「いちおう、最初の連絡文は自分で打っておくから、旗立ったら送信お願い」
「りょうかい」
その後、ふみちゃんはわたしのスマホを持って帰っていった。よろしくです。
今回の件、
氷の聖騎士ミドラリウスが隣国からの帰り道、国境の街が既に占拠されており、通り抜ける際に戦闘が発生、負傷、山岳部を通って戻ってきたのだという。
侵入者は、その追手では無く、先に潜入していた者達で、ミドラリウスが戻った際の騒ぎに乗じて、一人がさらに騒動を起こして陽動、その間にもう一人が脱出しようとしたのでは無いかと推測された。
逃げた一人もガンドレルが倒したが、ガンドレル本人は意識を失って倒れているところを、周辺の警戒に出ていた光のオルテミアスに発見された。
この時、侵入者二人は、どちらも四肢を切断され頭部は無かった。 四肢はガンドレル、頭部はおそらく自爆。
古のガンドレルの剣による切断より先に自爆をほどこすほどの能力から、その実力は聖騎士並みかもしれないと検証されたが、舞子には知らされていない。
もう一つ、この騒ぎの際に、結星門の衛兵が倒されているのが発見された。 侵入者がもう一人居た可能性と合わせて、二人を陽動として地球側へ行くことが目的だった可能性も出てきた。これも、舞子にはまだ知らされていない。
翌日、目覚めたのは昼だった。 それでも、特に後遺症的なものも出なかったので、許可をもらって颯矢さんの様子を見に行く。
今後違和感あれば地球の病院に行く事になるのかなぁ。聖力って魔法みたいな治癒ってどういうものなんだろ。とか、考えながら移動する。
微妙に似た部屋が並んでるので、すれ違う人に場所を聞くとすぐに案内してくれた。
「巫女様、おはようございます。
もう、お歩きになって大丈夫なのですか?」
部屋に入ると、付き添っていたのだろうランデット様が、わたしに気付いて挨拶をくれた。
「容体はいかがです?
あ、おはようございます。 そして、わたしは大丈夫です」
挨拶を返すのを忘れるとこだった。
「ランディルは、処置が早かったので大事にはならずに済みました。
しばらくはここで過ごすことになりそうですが」
「わたしの為にごめんなさい」
涙が出てきた。
「何をおっしゃいます。
あなた様を守れた事、皆からも称賛されておりますよ」
「でも……」
「我らの落ち度であなたを危険にさらしたこと、王や神殿長に成り代わりお詫び申し上げます。
別途、王達もお詫びにくるとは思いますが」
「ランディルさんのおかげでこの通り無事ですから、その事はもう気になさらないでください」
「ありがとうございます。
では、あらためて昨日の件、御思案いただけれと思います。
敵の動きは想定以上に早い、早いと想定していたにも関わらずです。
やはり、あなたは巫女を辞退された方がよい、もう王達も納得されるでしょうから」
「そう……ですね。
目の前で人が亡くなられた様ですし、自分がそうなってもおかしくなかった。
ものすごく怖いです。
でも、なんでだろう、まだ続けたいと思っています」
実は、自分でも不思議なくらいにそう思っている。 引き受けたのを投げ出したくないとか、そういう責任感的理由では無いのだけはわかる。
「また、誰かがあなたを守る為に傷付くとしても?」
「それを言われると、辞退するしかないのですけど……」
これだけは、そう思う。 でも、それは最初からわかっていた内容だ。ここまで実感の湧く状況と言い方では無かったけど。
「意地悪な言い方ですよね。
守りますと言ってお呼びして、守れないかもしれないから帰れとか、必死の思いでここに居てくださる方に言っていいことでは無い」
ランデット様は常にわたしの身を案じた最善を提案してくれている。 その思いにも答えたい。 ただ、本心はどこにあるのだろうか。
その時、わたしの手を誰かが掴んだ。 それは、ベッドから伸びた颯矢さんの手だった。
「え?」
「お……い……」
颯矢さんが、何か言おうとしていた。
「ランディルっ」
ランデット様が、颯矢さんに声を掛ける。
「気が……付いたのね……よかった」
その手をとって近づく、そして涙が溢れてきた。
「ランディル、しゃべるな、大人しくしていろ」
ランデット様が、なだめる。
「おれ…は……」
それでも何か言おうとしている。
「颯矢さん、今は安静にしててください」
わたしは懇願する。
「巫女様、お願いがあります。 先ほどの話の続きではありません」
ランデット様の口調が少し焦ってる様に思えた。
「は、はい、なんでしょう?」
こちらも少し焦って答える。
「あなたの聖力を分けていただけませんか?」
「分ける? ええと、もしかして……おへそとか触るんです?」
いや、今気にする事じゃな~い。と心の中では思ってます。
「ああ、いえ、普通の聖力では無いのです。
巫女様のお力です」
「はい? それは?」
「聖力の受け渡しです。
神聖騎士の件はお聞きになったかと思います。 それと同じ方法なのです。
具体的には掌で受けた聖力を痣部から流すイメージです。
流れから考えれば、二人の掌をつなげればできそうですが、それは出来ないのです」
「それで、どうなるんです?」
よくわからないけど、わたしに何かできるのなら早くっ。
「ランディルにわたしの聖力を渡します。
それで回復が進むと思います。 一言聞いてあげたいのです」
颯矢さんは声を出すのを止めた。意図を理解したのかな。
「わかりました」
ここ外すのよね。 首横の痣部分の覆いを外す。結んである紐を解くだけなんだけどね。
そして、颯矢さんの手を取ってそこに当てる前で止まった。 ううむ、なんか恥ずかしい、でも、いいや。 当てた。
颯矢さんの手を押さえた手と逆の手をランデット様に差し出すと、握手の様に握られた。
「それでは、しばらくそのままで」
「はい」
答えると、ランデット様と繋いだ手がほのかに温かくなると、なんとなく緑色のキラキラが目の前に見えた気がする。
一分くらいだろうか、そのままだった。
「やはりできました。 もう手を離してもよいですよ」
ランデット様は、握った手の力をゆっくりと抜いていく。
「よかった」
わたしも手を放して颯矢さんを見ると、こっちを見てた。
「おい、……あんたは俺が守る。
この星を救ってくれ。 じゃぁ、寝る」
「あっ、それだけ?」
あ、ええと、はい。
「おい、無責任な事言うな、ランディルっ。
寝たふりするな、もう少し話せるだろう?」
これ、なんか思ったのと違うこと言われたのよね?
「わかりました、もう少しやってみます」
わたしは、そう答えていた。 止められると思っていた。 たぶん。 だから、答えたい。 意外とひねくれものなのかも、わたし。
それに、颯矢さんは、たぶん何か他に思うところがあるんじゃないかな。 自分がせっかく見つけたってのが理由だったらがっかりですが。
「ああ、なんてことだ。
……わかりました。
わたしも、心を決めましょう。
あなたにご協力いただけることを前提に聖騎士達で話し合ってみます」
ランデット様は少し考えてから困り顔で答えてくれた。
「では、古の聖騎士さんとみんなで話をしてみませんか?」
昨日、話した。 話せた。 颯矢さんの状態も気にかけてた。 あの盾はきっと死体を見せない様に気づかって置いてくれたんだろうし、たぶん少し元気が出たのもそうだと思う、それに、思い出す声音はとても優しかった。
「あの者は戦う事しか考えてないと、我々は思っております」
「いえ、たぶん違うと思います。
彼?は、厳しいけど優しい、そんな気がします。
何か目的を持っているのではないでしょうか?
戦って無い私だからそう思えるのかな」
「目的ですか、戦う事の目的ですかね……いや、確かに、話もろくにしていませんでした。
おっしゃる様に何かあるとも思えますね。 存在の方に意味や目的があるのかもしれません」
「これまでには、どういう時に現れたのです?」
「現れたのは、昨日で五度目だと思います。
最初はガンドレルが影の祭壇より力を得る際、二度目は大物の獣を討伐した時、三度目は騎士全員で戦闘訓練をした時に現れました。
二度目の獣討伐でガンドレルが相対した際に鎧の輝きが変わったのを目撃した者がおりました。 ゆえに、ガンドレルの危機に現れるのではと推察しました。
ガンドレル本人には全く記憶が残らないらしく、ただ体力が尽きて倒れ、目が覚めた時には放心状態です。
それを持って意図的に呼び出したのが四度目です。ガンドレル同意の元で試しました。 ところが、我々は瞬く間に全滅しましたので、自身へ向けられる殺気が引き金では無いかと。
全滅と言っても、武器を破壊され戦闘不能状態という屈辱でした」
「ええと、なんでそんなに強いんでしょう?」
「確かに聞いてみたいですね。 我々もそこに近づけるヒントがあるかもしれません。
今こそ、我々は強くならなければならない。
昨日、戻った氷から聞けた話では、敵は強く、勝手知ったる山岳部の雪の残る場所へ誘いこみなんとかしたそうですが……。
どうやら、聖騎士と言っても、数百年、ただのしきたりに則った甘えだった様です」
「氷様の容体は大丈夫なのですか?
必要でしたら、先ほどの様に聖力の受け渡しをやらせて欲しいです」
「他に炎か氷がいないので無理なのです。 そもそも聖力の受け渡しをこの様に使うのは想定していませんし、彼の部隊は前線ですからね。
聖騎士が主従とするのは、聖力には相性があるからなのです。 ランディルとわたしは運よく風ですから」
「あ、そういうことでしたね」
血液型みたいな? あ、そういえば、この二人相手だと条件をクリアしてたってことなのよね、それって……。
「古に合う算段はしてみます。
続けると決められたのなら焦って氷と話す必要も無いでしょう。
彼が元気な時に面談されるといい。
だから、今日は、戻ってお休みされるとよいかと」
「そうですね、休んでいろいろ考えてみます」
「では、わたしは少し席を外しますので、ランディルの様子を見ていてください」
「かしこまり……じゃなくって、お任せください」
特に気にせず、少しにっこりとしてランデットさんは部屋を出て行った。
「おい、すまなかったな、怖い思いをさせて」
「わっ、いきなりしゃべるから今怖かったです」
颯矢さんだ、起きてたんかい。
「なんだそりゃ」
「もう良いですから、安静にしていてください」
「今日、戻った時に、……さくにここへ来るように伝えてくれ」
「あ、はい、そうですね。
戻って来ないと心配しますもんね」
「それから、あいつには詳しい話はしなくていい。俺がする」
「わかりましたから、休んでくださいって」
「続けてくれてありがとう。 じゃ、寝る」
「もういいですから、……あ、おやすみなさい」
また、寝たふりかもしれないですが……。
ランデット様が戻るまで、なんか、間が持たないけど、イケメンの寝顔でも眺めておくとしましょうか。
…………
…………
…………ああ、わたしはいったいどうしたらいいのだろう、時間あるとなんかいろいろ考えてしまう。
「颯矢さん、そのうち理由を教えてくださいね」
小声で呟いて見た。
「お待たせしました」
うわ、びっくりした。 ランデット様が戻ってきました。 この兄弟、そういうタイミング狙ってる?
「あ、はい、おかえりなさいませ」
「門が開き、ふみ様がいらっしゃいました。
今、控室にてお待ちですよ」
「え、もうそんな時間なのね」
そういえば、こっちの昼は向こうの夜、時差があったんだ。
「お忙しいですね」
「あの?」
「なんでしょうか?」
「今の状況と関係無いのですけど」
「はい?」
「音の聖騎士様って……」
「ミュークラウンがどうかしましたか?」
しまった、聞いてしまったけど、何をどう聞けば良いのだろう。
「仲良いです?」
ええい、成るように成れ~。
「ああ、苦手ですね」
珍しく顔がちょっと嫌そう感。
「あ、そうですか~」
だめじゃん。
「でも、嫌いって事じゃ無いですよ。
良い人ですからね。 とても優しいですし、音楽が素晴らしい。 ただ、あの衣装の感覚と話し方がちょっと苦手なんです」
そういうことね。 実は同意見です。
「そうですか、一緒に何かされたりするんです?」
「聖騎士になってからは、ほとんど顔を合わせてないですね。
それぞれのお役目上、お互い居場所が限定されますので」
「なるほど~。 以前はどんな感じだったのです?」
「ああ、炎も入れて三人でよく遊びに行きましたよ。
同い年ですからね」
「なんかすごく豪華そうな想像してしまいます」
「豪華ですか?」
しまった、声にでちゃった。
「あ、ええと、すいません、わたしから見るとそんな感じって事です」
「そうなんですか」
きっとよくわからんやつと思われたかも。
まぁ、でも、問題は無さそうね。 冷たく感じるのは、苦手意識。 対策は、どうしよう。 とりあえず、今は宿題。
「では、もう戻られるといい」
「はい、また、明日来ますね」
明日とか、わたししつこいやつ。 でも、颯矢さんに言ったのもある。
「ここには来ていただいてもいいと思いますよ。
わたしは、ご提案のガンドレルの件で動いてみますので、不在にしていると思います」
「ありがとうございます。
それでは、またです」
二人に向けて手を振って、治癒室を後にした。




