1:人生の救世主
わたしは、高橋舞子といいます。
たぶん、かなり普通の高校三年生です。
今は朝、徒歩で学校へと向かう途中です。
六月とはいえ、今日は天気が良くて、遠くにある富士山の頭のあたりがよく見えます。
学校にはまだまだ距離があるので、人通りはほとんど無いし、閑静な住宅街な事もあって車もほとんど走っていません。
小さな公園の横を通ると、スズメたちが鳴いている声もよく聞こえます。 田舎ってほどでも無いですが、なんかのどかです。
電線に止まってるカラスはちょっと怖いので、そっちを見ない様に進みます。
その時、カラスが”カァ”と大きな声で鳴きました。 ついそっちを見てしまった。 条件反射みたいな。
「あっ」
しまった、角を曲がってきた人にぶつかってしまった。
「どこ見てんだ、こらぁ」
ぶつかった人が凄んだ男性声でどなる。
その人の姿を見て顔を見て、ものすごく後悔。 とても怖い感じの人。
「すいません、お怪我は無いですか」
そして、どなられたせいか、状況もわからないままに謝ってしまった。 怖いし。
「痛ぇじゃねぇか、もっと誠意を込めて謝れや」
もう、向こうのペースみたいです。
「このあま、黙ってねぇでなんとか言えよ」
一緒に居た別の男の人が追い打ちをかけてくる。
この二人、あらためて見ると近くの高校の制服だ。
前ボタンは全部外してるし、それ以前に制服の形も変かもしれない。 さらにそれ以前に今の時期に学ラン?
「本当にごめんなさい」
ぶつかったのは事実だし、ちょっとだけよそ見してたのも事実。 謝るのは当然。
「よく見りゃ、可愛い顔してるじゃん。
ちょっと、一緒に来てもらおうかな」
とても嫌な展開、謝っても全く聞く耳持ってくれないみたい。
誰か助けてくれないかと期待してしまうけど、通った数人は見なかった様に過ぎていった。 気持ちはよくわかりますけどすがりたかった。
「あの、謝りました……許していただけませんか?」
「言葉だけじゃ誠意って伝わらないんだよ。
わかる?」
わからない、どうすればいいか分らない。
このまま連れていかれたらどうなってしまうのだろう。大げさだけど人生が終わった気がした。もう考えたく無かった。
「そんな……」
「じゃ、行こうか」
そういって、強引に右腕を引っ張られた、バランスを崩したのと引かれた勢いでブラウスの一番上のボタンが飛んで少しはだけ気味になった。
「きゃっ」
つい悲鳴というか苦鳴がでてしまった。
「お」
嬉しそうな男二人の視線が胸元に集中する。 急いで襟元を左手で閉める。
その時、風が吹いた気がした。
「おい」
わたしに迫る男たちの後ろに、いつから居たのか、二人の男と違う声の主、三人目の男が立っていた。
その”おい”は、わたしでは無く男達への台詞だった様で、二人の肩を掴んで動きを止めた。
三人目の男の人は、うちの制服を着てる、でも知らない人だ。 知らないと言うか全く見覚えが無い。
「なんじゃこいつ~」
男達が肩の手を振り払おうと振り向く。
「うちの生徒が何かしたのか?」
三人目の男が静かに低く冷たい声でそう問いかけた。
この人も怖い人なのかも……。
「か、風見……さん。 い、いえ、ちょっとこいつがぶつかってきただけです」
振り向いた男が答える。
「そうか、じゃ、もういいよな」
「は、はいっ」
「じゃ、行け」
「では、これにて失礼いたします。
じゃ、次から気を付けろよ」
丁寧に答えて急ぎ足で離れて言った。ついでみたいにわたしの方に向いて一言付けて。
「なんで、風見が居るんだよ」
「早く行きましょう、まともに付き合ってたら命が幾つあっても足りないですからね」
離れて行く男達の会話が少し聞こえた。
「あんた、気をつけな。
あいつらの学校、ああいう奴多いんだ」
さっきと違って、いがいと優しい感じで話しかけてくれた。
「は、はいっ。
ありがとうございました」
でも、少し震え声で答えたのが自分でもわかる。
そして、救世主を見返す。 身長高いな百八十以上あるんじゃないかな、顔も目つきがなんか鋭いけど、かなりなイケメン。 あああ、助かったからってげんきんなわたし、恥ずかしい。
「ねぇ、ちょっとこっち来て」
その男、風見さん?は、一瞬固まってた私に呼びかけた。
既に少し離れてる。
「え?」
こっちって、学校と逆よ、来た方向なんです。とは声に出して言えない。
「いいから」
手招きって言うか指招き?されてる。ちょいちょいって感じ。
「ええと」
どうしよう、怖いイメージは残っている。 イケメンとかはこの場合関係なく……。
「そこの公園まで行くよ」
そう言うと、歩き始めた。
「は、はい」
なんで公園、この人も怖いのよ、そう、さっきの人達が逃げるって、どんな人なのよ。 風見さんって呼んでたけど、どんな有名人なの?
あ、でも、これで付いて行かないのも、救世主に失礼だし、ああ、イケメンの馬鹿。
おそるおそる逃げるタイミングを探りつつ付いて行くと、さっき通り過ぎたスズメの鳴く公園に着いた。
「これを使え」
そういって手を差し出す。 手にあるのは、小銭入れくらいの何?
「はい?」
でも、つい、受け取ってしまった。
その手が差し出してくれたのは、携帯用のソーイングセットだった。しかもペンギン柄の可愛いやつ。
「裁縫は苦手か? それとも自前のがあるか?」
「あの?」
ええと、ボタン付けろって事よね?
「あそこの中なら見えないから大丈夫だろ?
俺は、ここで見張っててやる」
指さすそこは、公園に設置されている元備蓄倉庫でした。 公園の反対側に新しいのが出来たので、こっちはそのうち壊されるのだろうと思ってました。
今は使われていないので、中は子供達が砂場で遊ぶためのおもちゃ類を置いてあるくらいだったかな。
「そこまでしていただくわけには……助かりますけど。
あ、裁縫道具は、自分のがあります」
ここは好意に甘えて見ようかな。
怖いけど、悪い人では無さそうだし。人生救っていただいたし。
「急がなくてもいいからな」
いちいち言葉は優しい。
「はい、頑張ります」
変な答えをしながら小走りで倉庫に向かって、中へ入る。 子供たちが開けやすいように少し隙間を開けているので鍵も掛かって無いのです。
中は、採光用の窓があるから扉をきっちり閉めてもそんなに暗く無く、光が多く当たってるところなら手元も見えやすい。
あ、ペンギン柄のソーイングセット、返すタイミング無くて持って来ちゃった。
でも、鞄から自分のを取り出して必要な物を準備する。そして、急いでブラウスを脱いで作業開始。
裁縫は得意な方なので、予備のボタンを付けるくらいあっと言うだ。
舞子がボタン付け作業をして居る時、風見はスマホで電話を掛けていた。
「あったか?
…………
よし
…………
じゃ、俺は行く、後を頼む」
そう答えて、スマホをしまうとその場を後にした。
「お待たせしました~、あら?」
ボタンを付け終わりブラウスを着て倉庫を出る。扉は隙間を少し残すのを忘れない。
あら?、彼は居ない、そして女生徒が居る。
制服はうちの学校のだけど、また知らない人だ。
「おはようございます」
笑顔で挨拶された。
すごい美女です。黒髪の姫カットが似合いすぎる。そして雰囲気がどこか風見さんに似ている。
月から来ましたと言われたら信じそう。
「はい……おはようございます。
ええと、ここに男の方いませんでした?」
そう目の前の人が誰かよりも、これを聞きたいです。 見張っててくれるって言ってたのに……責める権利は無いのですが……。
「弟がいました。
代わりにここに立ってる様にって呼ばれました」
弟? なるほど、よくわからないけど、気を使ってくれたのね。 ん?弟?少なくとも……じゃなくて確実に年下。
「そうだったのですか、それはお手数をおかけして申し訳ありませんでした」
「いえいえ、たいへんでしたね」
事情も聞いてる様です。
「弟さんのおかげで本当に助かりました。
こんどお礼をさせてください」
「気になさらないで、困った時はお互い様です」
「ありがとうございます。
えと、学校行きますよね?」
「はい、ご一緒してもよろしいですか?」
「ぜひ」
「では、参りましょうか」
「はい」
「それって運命の出会いみたいじゃん?」
「そんな運命とか大げさな、名前も知らない……くないか」
「風見さんでしょ? だって、噂の転校生じゃないのかな」
昼休み、友達の佐藤ふみに今朝の事を話すと、そういう会話になった。
実は緊張しててお姉さんにもこちらからはあまり話を聞けなかった。向こうからの質問に棒読みで答えるくらいでした。
「噂? 転校生? そうなの?」
「うん、姉弟弟? で、弟達見に行く? あたしも気になってた」
「どうしてそうなる」
「弟は二年G組と一年C組、お姉さんは三年何組だったかなぁ、うちのクラスじゃないのは間違いない」
みんな美形だから見物人は多いみたいだけどね」
「そうなんだ」
「今週の月曜日からだから、あんたの耳に入るほど情報出回ってないんだけどね。 といいつつ、わたしも今朝聞いた」
今日は水曜日なので、三日目って事ね。 実際、わたし、そういう情報って、ほとんどふみちゃんから得てる気がする。
まぁ、同じ学校ならそのうちお礼を言うチャンスはあるよね。 通学路は一緒かもだし。
実際、ソーイングセットを返せていないのです、お姉さんに渡せばよかったと後悔しつつ、そうしなくて良かった様なと……それにしてもペンギン柄って。