藤森、管制塔を去る
いよいよ第三部開幕!!
「藤森さん、辞めるんですか?」
あの黄川田達子の出馬表明からほどなくして、管制塔本部にも激震が走っていた。
あの仕事の虫が、退職願を出したと言うのだ。
「神林さん、ごめんなさい。でも私ずっと前から考えてたの」
「考えてたって、あんなに楽しそうに仕事してるのに。でもやっぱり最近は疲れてたし、そういうことですか?」
藤森は疲れた顔で首を横に振る。
藤森の仕事ぶりは、神林を含む誰から見ても異常だった。
それこそ就業時間の前からやって来て体操などをして就業態勢を整え、いざ仕事になるやずっとPCに張り付いて町に迫るオスたちを殺す。神林はおろか他の同僚や上司さえも、彼女の仕事ぶりを案じていたほどだった。とくにここ最近は仕事を楽しむ素振りもなく救いを求めるような目をして神林たちをにらみ、時にはため息を吐く事もあった。
神林が疲れてるんですかと声をかけても大丈夫しか言わず、逆に恨めし気な顔で睨む事もあった。神林が肩を揉んだりジュースをおごったりしてもそれより仕事してしか言わず、神林が仕事に励むとやっと元気になる。それはいつもの事だが、最近は神林が仕事に励んでも元気にならなかった。
「私はね、もっともっと、職務を果たしたいの。この町のために」
「まさか選挙…」
「まあ、そういう事だから」
藤森が頭に電球が浮かんだような顔で言葉を紡ぐと、藤森は深くうなずいた。議員は当然だが専業でなければいけない。立候補のためには職を辞さねばならず、それこそ「党員」として過ごさねばならない。
「ここしばらく、ずっと考えてたの。このままでこの町はいいのかって」
「この町は……」
「ええ、だから私はこの仕事をやめて、もっと大きな事がしたい。町議会議員になって、やがては町長になる」
町長と言う存在がどんな存在かなど、神林はちっとも意識して来なかった。一応第三次大戦を生身で経験した身としては町長の指導力に憧れなかった訳ではないが、とりあえず目の前の仕事をこなしよき婦婦となれる相手を探す事に腐心していた彼女からしてみればさして気にする事もなかった。
「それで、後任はどうなるんですか」
「浅村って子になったから」
そんな神林が目を見開いたのは、藤森の後任の名を聞いた時だった。
「浅村って……彼女まだ二年目ですよ」
「でも意欲的で上もかなり気に入ってるからね、まさかと思うけど私がずっと仕事するか寝るかしかしてないと思ってた?」
図星を突かれたかのように神林が黙り込むと、藤森は電話機を握り浅村を呼んだ。
「まだここに勤めて二年目だけど仕事には真面目で、私もかなり期待してるの。あなたにはしっかり教えて欲しいなって」
「でもすぐやめるだなんて言いませんよね」
「有給休暇って知ってるでしょ」
ウインクと言う仕草が何を意味するか、この町から出た事のない神林は知らない。
だが知らないなりに背筋が寒くなり、無意識のうちに首を横に振っていた。
(自分があれだけ勝手に燃え上がっておいて私には仕事が遅いとか何とか言うんでしょ、あんなペースで仕事されたら私が潰れるってーの……)
神林は職場内外問わず、藤森の愚痴を振りまいていた。
職場では藤森の仕事が苛烈すぎて付き合えないと言い、プライベートでは癒しを求めるように美食に走りパートナー候補にも愚痴をこぼし、最近ではアングラエンタメ施設にまで通い始めるようになった。
だがプライベートではともかく職場の連中は忠実な社畜である藤森に優しく、相対的に不真面目な神林には不親切だった。ましてや朝勤務・昼勤務と違い夜勤と言うのはほぼ防衛専属であるため、余計な事を考えず職務に忠実な存在は重宝される。もちろんそれゆえに朝昼へのシフト変更を申し出た事もあるが、通った話はない。
「ああそうそう、私が議員になったらこの仕事のお給料、上げさせるから。私は絶対に嘘は吐かないから。世界のために、この町のために、あなたのために」
その彼女が強がりは言うが嘘を吐かない事など、神林は良く知っている。
強がりも嘘じゃないかと揚げ足取りだってできたが、それをする気力など神林にはない。
裏表のない誠意。自分こそが正しいと言う確信。
そして何より、藤森がかつてこぼした過去。
両親とも健在の神林からしてみれば及びもつかない苛烈な人生。
両親をあの大戦をきっかけとして失い、叔母はその直前に町を去り、育ての親の祖母たちも恩を返し切る前に逝去。その上に姉は中卒で自分の夢のために働いてくれたと言う。
すんなり親の金で高校まで通い大学に進学してやっとバイトを始め適当に勉強して管制塔をダメもとで受けて採用されそのまま今に至っている自分とはケタが違う。
神林は、最後の抵抗をあきらめるより他なかった。




