町長、最後の役目
「では町長、よろしくお願いいたします」
与党からも野党からも、町民からも愛された指導者。
赤じゅうたんが輝く議会を、彼女は指定席に向けて歩む。
町長と町議会議員は別物ではあるが、それでも議会の度に誰よりも早く議場にやって来る存在を、政策に関係なく誰もが尊敬していた。さすがに年相応に足取りはおぼつかなくなっているが、それでも穏やかな笑顔だけは変わらなかった。
「皆様のおかげで、町民の皆さんはおおむね平穏に暮らしています。私はほどなくしてこの座を譲ります。新たな時代の到来を、陰ながら見守らせてください」
新たな時代と言う単語に応えるように、スタンディングオベーションが沸き上がる。
そこにはもう、男の精子を介した人間は町長以外いない。二百人の議員を含むすべてが、16ケタのナンバーを持つ受精卵から産まれた子どもだった。
「さて。改めて申し述べますが、此度の町長選挙及び議会選挙にて、私はこの場を去ります。これまでずっと繰り返して来た選挙です。町民の皆さんの意志を反映し、誰にこの町を任せるか。そのための選挙です。そして、任かされたからには裏切りは許されません。
ですが残念ながら、私は幾度も町民の皆さんの期待を裏切ってしまいました。皆さんには、町民の皆さんの期待に応えてくれることを、これからのただの町民としての生活の中で願いたいと思います」
町長の言葉は、哀しみとすがすがしさに包まれていた。
多党制の長所は、民衆の様々な指示に応えられる事にある。また連立政権により権力の腐敗を防ぐこともできる。だがその反面政治力は弱く、政治責任がわかりにくいため良くも悪くもどっちつかずになりやすい。一党制の長所は指導力と政策の地盤の強力さにあるが、間違った政策を実行してしまうと止める存在がおらず打撃が大きくなり、過剰な権力による腐敗政治を起こす危険性もある。
「私は個人的立場として民権党の皆様には感謝をしております。また同時に同じほどに女性党の皆様にも感謝しております。結果的に幾度も幾度も女性党の政策を阻害する事となってしまいました事については深くお詫び申し上げます」
そしてこの町のような二大政党制の長所は有権者が政党を選びやすく、野党が与党の失政や汚職を浄化しやすいと言う点にある。だが二大政党の政策に乖離があると政権交代により連続性が失われ、同じところを行ったり来たりと言う事になる危険性がある。さらに言えば、町民の多彩な意思をたった二つの政党で汲み取り切れるのかと言う問題もある。
いずれにせよ、町民全員の意見を正確に通すことなど不可能なのだ。
「ではこれより、毎期恒例となっている選挙前の口上を述べさせていただきます」
町長は改めて背筋を正し、原稿に手を伸ばす。
「かつて私たちは、自分の求める所を素直に述べ、その理想のために戦いました。
されど、多くの声は私たちの夢を夢と言い、ありとあらゆる形で実現は不可能であると申し述べて来ました。それは決して邪推でも勘繰りでもなく、心底からの心配によるそれもありました。せっかくつかんでいた安寧を手放すのではないかと。しかし、それでも先人たちは挑戦したのです。自分が傷つき、苦しい思いをして、後世の存在が傷つかない世界を作ろうとしたのです。そのためには町を一から、いやゼロから切り開き、地を均し、建物を建て、それまでは文字通り野宿と言う事もありました。計画に従い、自分たちだけの、理想の世界のために。そのために、多くの先人たちが命を落としました」
いわゆる第一次大戦の敗北。そして第二次大戦中の「戦死者」たち。ユートピアを築き、守るために死んでいった先人たち。
その彼女たちが作ったのが「管制塔」であり、その中心となったのはこの町のこの町によるこの町のための企業である誠心治安管理社。多くの住民たちが誠心治安管理社の社員となって生きる糧を得て、町を作り上げた。
「その犠牲の上に成り立つこの町でも、悲しい事に事件は起きました。そう、第三次大戦です。あの時は数多の犠牲者が生まれ、町も荒れました。そしてその犯罪者に対して、我々は法の下とは言え結局暴力で立ち向かうよりなかったのです。結果として誰も幸せにならないだけであり、あまりにも悲しい事件です。
ですからこそ私たちは、決して暴力などに頼らず、あくまでも平和な形で、お互い納得の上で勝敗を決める。それが、真の平和の道なのです」
文字通りの、「選挙戦」の開幕宣言。
お互いがお互いの、ルールを尽くし決して道を誤る事はないと言う宣言。細かい文面は毎回微妙に違うものの、選挙の前にはこの口上を唱えるのが恒例であった。
「議員の皆様、改選対象であるなしに関わらず町民のために、町のために。身命を賭すことを誓いましょう」
その声と共に、二百本の右腕が上がる。
その中には今回の選挙で改選対象となる議員もいればそうでない議員もおり、民権党の議員もいれば女性党の議員もいる。
——————————そして。
「達川美津子さん、もうよろしいです」
手を上げたまま、下ろさない議員も。
「申し訳ございません、発言の許可をいただきたいのです」
「わかりました。では達川議員」
議長から許可を得た議員、達川美津子。
この場にいる数少ない無所属議員の彼女は、深呼吸を二回ほど繰り返した。
そして耳目が集まったと感じた彼女は、口を大きく開けた。
「この場にて宣言します。私は次の選挙にて正道党から出馬し、同党の党首である黄川田達子氏を町長として推薦すると!」




