大量の移住者
第二部最終章です。
管制塔本社および傘下企業に多数の新卒とも言えない年齢の人間が入社を申し込んで来たのは、およそ七年前だった。
「おはようございます」
その人間たちが住んでいる大型マンションの管理人は、丁重に挨拶をする。この町で生まれ、この町で育ち、この町から出る事もないまま還暦を越え、ほどなくして古希を迎えようとしていた。
心残りと言えば、パートナーに先立たれた事だけ。もう四半世紀も前に管制塔工事の際の事故で現場作業員として働けなくなり、それから彼女と娘たちの支えによって必死に内勤をこなしていたが徐々に衰え、二人が独り立ちするやこの世を去ってしまった。幸いマンション管理人を姉が、現場作業員の仕事を妹が継ぎ孫も四人いるため淋しい老後ではないが、それでも婦婦仲良く過ごせないのは残念だった。
だからこそ、彼女は一挙にやって来たたくさんの住人を歓迎した。
「本当に優しい子たちよね」
管理人室にも幾度も住民を上げ、茶や茶菓子を振る舞ったり話を聞いたりした。その際にはいろいろな悩みを聞くに当たって見識も深まったし、ちゃんとお返しをしてくれた。娘がこのマンションを継ぎ、婦婦に正式のその座を譲ってなお、彼女たちは礼儀を欠かさなかった。今この部屋にあるお菓子も、テレビも、椅子も、全て住民たちからの贈り物だった。
「あの人たちは、ずっと前からこの町を知ってた。こんな町をね」
そんな贈り物に囲まれる母親に対し、娘はどこか興味なさげだった。
そのたくさんの移住者たちに対し、娘たちはあまりなついていない。姉はマンションを守ると言って大学に進み勉強したが、妹の方は家計の負担がとか親と同じ仕事がしたいとか言って、中学を卒業するとすぐさまとび職になった。それきり住み込みで働き出しそのまま結婚・主産し所帯主となり、現在では三ヶ月に一度ほど帰って来る程度の関係だった。姉も姉で、どこか住人たちに対しビジネスライクだった。
「このマンションには空き部屋がかなりあったしそれを解決してくれたのはありがたいけどね、家賃もしっかり払ってくれるし。それでいて愛想もいいし」
「言う事ないじゃないの」
「でもね、うちと同じようにちょうど七年前、そんな住民がいっぺんに越して来たんだよ。しかもうちだけじゃなくたくさんのマンションに」
姉妹とも比較的友人も多く、もちろんマンション管理人と言う立場同士の交流もあった。
その彼女が言うように、他のマンションでも七年前に大量入居があった。それも十人や二十人ではなく、百人単位。一気に空き部屋が埋まったので財政は潤ったが、それだけで片すにはどこか奇妙だった。
「それで?」
「お母さん知ってるでしょ、あの町外れの古いマンション」
「うんうん、そう言えば七年前までほとんど空き部屋で取り壊すかもって言われてた?」
「そうそう。そこに一挙に住人が入ってさ、なんかほとんど私物化してるって話。管理人さんや会社も超太客だから大きな声で言えないらしくて」
町内会と言うのは議会であり、議会は民主主義である。その議会が特定の政党の絶対多数で支配されれば、議会はものすごい速さでものすごい力で動く。ましてや空き部屋だらけのマンションと言う名の「負」動産を引き受けてくれたも同然の身からしてみれば、恩人にうかつな事は言えない。超えてはならない一線を越えない限りは咎めるのは難しく、ある意味乗っ取られたも同然だった。
「何か問題でもあったの?」
「特にないらしいけど」
「じゃあいいじゃないの」
「でもその住民の人たちでしょっちゅう部屋に集まってなんか話してるみたいで」
「よくある事じゃないの、うちだってそうなんだから」
茶を啜る母親からしてみれば、驚くに値しない話だった。このマンションに住んでからもずっと移民たちは仲良く集まり、楽しそうにしている。その上で元々の住民たちとも仲良くし、少なくとも軋轢を起こすような真似はしていない。
「まあ、そうだけどね、でも他の人たちとももっと仲良くして欲しいって言うか。どうもあの人たちこの町に来てあまり友達作ってない感じで」
「仕事先ではいるんでしょ。それからここに来て婦婦になって子ども作った人もたくさんいるんだからさ、ほらほらあんまり疑ってばかりいると体に悪いわよ」
「そうだけどね……ああ電話が鳴った、はいもしもし……」
なんとなく後味の良くないまま話は終わり、娘は管理人室の受話器を取る。
そしてうんうんうなずき、わかりましたでは向かいますの十三文字と共に管理人室を出た。
その要件が、二階に住む独居老人の電灯を交換してくれと言うそれである事を言わないまま。




