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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第十章 本をめぐる人々
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「せほみし」の生活

「せほみし」

「はい……」

「聞こえません」

「はい!」


 ほんの少し前までとはまったく違う、情けない生活。


 せほみしと言う適当な名前でしか呼ばれない生活。


 当然メイクなどまともにできず、仕事は一日十時間の刑務作業。



 それが、今の彼女だった。



「始め」


 その二文字と共に、刑務作業が始まる。他の数多の囚人たちと共に作業に勤しむその姿に、かつての栄光の影はない。刑務作業を行っている限り、ただの囚人だ。

 囚人たちの格差と言うのは、実に難しい。

 刑務官のさじ加減ひとつで左右されるのが囚人とは言え、その中でも格差と言うのは存在する。暴行犯や殺人犯は刑務官的には最下層の扱いだが囚人たちではそれなりに扱われ、窃盗犯は刑務官的にも囚人内でも中間層が多く、また罪に関係なく古参は大きな顔をしている。

 そしてあらゆる意味で最下層にいるのが、「性犯罪者」と「禁書犯」であった。前者は「自己逮捕」を怠ったゆえの存在であり仕方なく思う向きがなかったわけではないが、後者はより見下された。




 刑務所内で刑務官以外にせほみしに声をかける存在はなく、彼女は常に孤独だった。さらに言えば彼女自身の刑罰の短さも囚人たちの感情に拍車をかけており、短い刑期について嫌味を聞かされる事もしょっちゅうだった。かつて選挙で敗れたJF党の党員の方がまだましなほどの針のむしろであり、何度も精神を病みそうになっている。

「もっとも刑期など長かろうが短かろうが、負の遺産となって受刑者たちを苦しめるもんですけどね」

 そんな事をすれ違いざまに言われるのも日常茶飯事だった。

 そんな彼女の刑期は、十ヶ月。

 短期間ではあるが、幾度も犯行を繰り返している事から執行猶予を認められず刑務所入りとなった。


 そんな彼女の家の中を、一体どれだけの受刑者が見ていたのか。受刑者にテレビを見る時間などほとんどなく、彼女が逮捕されると言うそれなりにスキャンダラスなニュースも文字でしか伝わらなかったのだろう。

 人気俳優、人気キャスター。そのはずだった。

 裁判にかけられるまでの間必要な私財を持って来てくれたあの警官とは、もうそれきり連絡も取れていない。

(事務所があそこまでとは思わなかったわ……)

 マスコミに関わる人間として、自分なりに思いも伝えたはずだった。だがそれが情状酌量につながるなどとは思わなかったにせよ、同業者たちからの反応もないのは意外だった。

 まともなパートナーもいない独身女。

 衣装やアクセサリーなども全て事務所の備品。過酷な撮影をこなしてもねぎらいの言葉すら少ない。

 そんな環境を知っているはずなのに。

「容疑者は事務所がギャラを上げない事に対する八つ当たりのようにそんなお金の稼ぎ方をした」

 とか言いふらされていると聞いた時には、半分ほど真実であるだけによけいに腹が立った。そのせいのか知らないが裁判が始まってから終わり受刑者となってなお誰も来ず、実に孤独な刑務所生活を送っている。



「出所後は既に身元引受人が決まっているとの事で、そこで働くのですよね」

「ええ……」

「本当、なぜうちやそこに持って行かなかったのやら……」


 取り調べの際にも自分の罪について指摘された。その事を考えなかったわけではない。確かにそうすれば、現金が手に入った。だがその額はごくわずかであり、それ以上に稼げる方法もあった。

(売る方も売る方だけど、買う方も買う方じゃないの!)


 罪の意識がなかったわけではない。それ以上に、金が欲しかったのだ。




 そのために、取材の際に見かけた本屋から少し横流しされた代物を少し売っただけなのに。







 その代物と言うのが管制塔傘下及びその他の書店とも違う非合法な印刷所などで刷られた大学入試予想問題、そして外の世界からやって来た書物の海賊版だった。それらを一般的な価格の五~十倍で売りさばき、収益を懐に入れる。それを繰り返し、一年の間に本業の年収と同じ額を彼女は稼いでいた。

 現在ではその本屋の店長と印刷所の所長も逮捕され、所長は同じく刑務所に入り本屋の店長も牢屋にこそ入らないものの罰金刑を受け職も追われている。

「脱税の罪も加算されるでしょうね」

 脱税についてもわかっていなかった訳でもない。実際この転売行為による所得も脱税による追徴課税などでほとんど消えており、刑務所から出た所で借金こそないがまともな金など刑務作業での金しか残っていない。


 刑務作業が終わり日が暮れ、また独房に入れられる。そこには転売して飯の種となった刺激の強い本はなく、あるのはこの町の創始者たちの伝記だけ。まったく退屈な夜を過ごす気にもなれず、すぐ硬いベッドに横になる。


 ——————————追放。


 横になったせほみしの頭にそんな言葉がをかすめる。

 だが今や彼女は受刑者、前科一犯どころか数犯。もう、芸能界では暮らせそうにない。外の世界でも犯罪者は犯罪者でしかない。


 自分を脱税者と呼ぶ警官の顔。確かに犯罪者には厳しくて当たり前だが、それでも実に冷たい。


 追放以外にも、いろんな可能性はあった。農家になるか、漁師になるか、工事でもするか、ガス管でも直すか。

 いずれにしても、芸能人よりは儲かる商売だった。出所後からでもできなくはないが、その場合前科者と言う事で大幅に賃金は叩かれる。


 その全ての可能性を踏みにじってしまった自分の罪を思い、せほみしは寝転がりながら涙を流していた。

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