海藤拓海が本当に必要だったもの
「完全なる町を作り上げられると」
完全なる町。
これまでにも増して大きな言葉であり、抽象的な言葉だ。
「完全なる、町……」
「そうです。この世界で一番優れた町となる事。それが女性だけの町の究極の目標です」
「それはまた男が来ると!」
「自分たちが繁栄すればいいのです、他のどの町よりも。そうなれば男たちも、男に媚びる女たちも全てを認めざるを得なくなるでしょう。これが正しいのだと」
正しい。
そう言われた途端に、なぜか拓海の口の中のミカンが甘くなった。
「私はまだ男を許せません」
「それでもいいと思うわ。でもあくまでも、決して先に手を出してはいけない。裏切りや背信を認めてからでも、反撃はちっとも遅くないの。それならばみんな許してくれるから。その事も町では徹底されているの」
進んで他人を傷つけるような真似をしてはいけない。反撃はいいが、攻撃はしない。
「でも罪を犯す人はいるんでしょう」
「ちゃんと処罰する。全ては、正しいことをした人間が笑うために。間違った事をしていたらちゃんと処罰されなければならない。それは、年齢も立場も、関係なく。本当なら、あなたを道具として扱った男はすぐさま死刑にされるべきだったでしょう」
——————————死刑。
まったく、その通りだった。
自分なりに刑法について調べたが、あの男の罪はせいぜい懲役十年。自分を拘束していた時間の、「せいぜい」十倍。その後は死ぬまで犯罪者、変態と呼ばれ今まで築き上げた地位も全部台無しにしなければならないから妥当だとも言われたが、それでも被害者としては全く納得いかなかった。その事が彼女の中でのミサンドリズムをさらに刺激し、海藤拓海と言う人間を凝り固めていた。
もしあの男が死刑になっていれば、拓海はもう少しまともな人生を送れたかもしれないし、送れていないかもしれない。
「よく勘違いされる事があるんだけど、この女性だけの町は決して駆け込み寺じゃないわ。確かに傷ついた女性たちを受け入れる土壌そのものはある。でも目的は、その傷を糧に変えて強くなる事。真の復讐とはその相手よりずっと幸せになる事。ずっと立派な存在になり、その男を乗り越える事。
そして何より、貴女を傷つけて来たすべてを超える事」
「すべてを、超える……」
完全なる町。
すべてを、超える。
その言葉が、ミカンを何よりも甘い果物に変えていた。
「あなたはこれまで一体どれだけの人間に傷つけられて来たの?あの男に、あの三人の女、そして他にも」
「えーっと……」
「期待に応えてくれなかった、あなたの言葉を聞いてくれなかった存在は……」
「それは……」
「あの時、あなたに対して責任ある立場なのにそれを怠った人間、その名前を述べてください」
拓海は、四半世紀の間の膿を吐き出しにかかった。
あの男は無論、男女問わず自分を少しでも傷つけた存在を老若男女問わず思い出し、とりとめもなく吐き出し続けた。
「あの男は少しでも文句を言うとすぐに手を出し、まるで毒花のような声を耳に放り込み……」
「あの三人は私の事を知りながら、善意と言うまったく厚みのない言葉で無理矢理に男と触れさせ……」
「あの女は、私を泣かせるためだけに幾度も幾度も男の存在を示し、泣かぬと見るや集団で攻撃しようと私の孤立化を企み……」
「あの男は見知らぬ男に拉致された経験もないのに怖いとか言い出し……」
これまで腹の中に蓄えていたような本音が、次々と溢れ出す。
「母は、父とか言う男にしがみつき、こちらの遠ざけて欲しいと言う願いも聞こうとせず、そして父らしき男もまた、こちらにどうにかしてすり寄ってこようとするのです。どうしてもと言うならば、私を犯すその根源を断ち切ってから来てほしい物です。もう既に還暦近いと言うのに……」
そしてついに、実父や実母に向けての暴言まで吐いた。
本人にしてみれば暴言ではなく、ただの本音。自分の事を真に思うのであれば、それぐらいの事をしてもらいたかった。世間的に言って無茶苦茶である事はわかっているが、それでも本当の本音をむき出しにするとこうなるのだった。
「わかりました。町へ来たら私の所へ来てください。キウイは駄目ですが農業地区なので果物は取れます。もし畜産農家に不満があるのならば構いませんが」
「いえ結構です、それで」
「もし、その気になったら子どもを持ってはどうでしょうか。あなたのように深く痛みを知っている人間ならば良い親になれるはずです」
「今はまだ!」
「これは急ぎ過ぎました、とりあえずこちらを」
和服の女性は一枚の名刺を、ミカンがいたなごりのある場所に置く。
その一枚の薄っぺらい紙は、今の拓海にとっては万金に値する財宝だった。
「では、あなたが入町を許されることを切に願います」
和服の女性が頭を下げて去って行く間に、拓海はその財宝をスーツケースにしまい込んだ。
鍵をかけ、誰にも取られないように。
そしてその勢いのまま残った書類にも署名を行い、足を弾ませて提出した。
移住目的:新しい自分の夢のため
希望職種:農業
そこで農業はやや供給過多なので思い通りに行かないかもしれないと言われた時に拓海は異世界の感覚を覚え、開拓者の気概を膨らませた。
一応第二希望として工場勤務と伝え、その上で新生活に胸を膨らませていた。
新たな町での、新たな生活に。
なぜか入浴直後に入って来た和服の女性こと、黄川田達子との生活に。




