完全なる町
「野蛮な存在であれば、野蛮でなくせばいいのです」
野蛮であれば、野蛮でなくせばいい。
ずいぶんと安直な物言いだ。
「そんな」
と拓海がこぼしながら目を見開いたのも、まったくお説ごもっともでしかない。
だが拓海は字面や顔面ほどには呆れていなかった。
その証拠に拓海はすぐさま彼女の言葉に食いつき、身を乗り出す。いつの間にか小さなテーブルの対面に座っている彼女が大きく見え、縋らずにいられなくなって来る気がした。
「でもどうやって」
「たった一人でも、身を立てる事です」
身を立てる。あまりにも抽象的な言葉だ。
第一、それなら拓海は既にやっているつもりだった。十七年間賃金労働者として社会に携わり、自分の力だけで寝食を得ている。それが身を立てていると言わないのだろうか。
「男だから。女だから。年上だから。年下だから。身長が高いから。身長が低いから。この町生まれだから。よそ者だから。親がいないから。親が揃っているから。
こんな本人からしてみればまったくどうしようもない理由により差別を受ける。それがどれほどまでに悲しいことか、わかりますよね」
「はい……」
「それらすべて関係なく、きちんと己が力で生きられる存在こそ尊く、権限を得て世界を動かすべき存在です。男性がこれまで世界を支配できたのは、ひとえにその力の強き故だと考えています」
「その、力……」
「男は女を隷従させる事により力を得ます。女を得るために戦い、その女のために戦います。残念ながら、その力はあまりにも強大です」
自分を一年近く幽閉していたあの男は、あの日に昇進が決まったと言っていた。
そしてそれが本当だったのを拓海が知ったのは、事件から十年後だった。聞きたくもない話だったが、それでもあの男が破滅したと言う話はそれほど不愉快でもなかった。
「お待たせしました」
そんな中、いきなり職員がノックもなしにドアを開けた。
時は午後三時。中食だと言わんばかりに、小さなミカンが三つ運ばれて来た。艶やかに実ったオレンジ色の輝きが拓海の心を癒す。そのミカンを和服の女性がまったく自然に揉んでほぐし、そして剥く。丁重に剥かれたミカンを置き去りにして、和服の女性は皮だけを持って部屋から出た。
女性の手際に感心しつつも拓海がミカンを口に放り込むが、あまり幸せな顔にならない。やや甘味は足りないが、味は全く悪くない。だが、単純に彼女の好物ではなかったと言うだけだ。
「お気に召しましたか」
「ええ、はい……」
「このミカンもまた女性だけの町産です」
農業もまた、この町で行われている。
「まだまだ世界には好色家も多い物で、外の世界に出せば高く売れるそうです。実際、輸出品となっています」
「輸出…」
「ええ、あくまでも平和な形によって力を示さねばなりませんから」
「でしたら私、キウイを」
そして極めて、正統的なやり方で金銭を得ようとしている。
そこで拓海は好物であるキウイを育てたいと思った。日がな一日キウイの事を考えていれば、自分も救われると思った。
「ありませんけど」
だがその言葉に対する和服の女性の返答は急に冷たくなり、拓海は曲がりかけていた背筋を伸ばしてしまった。
「ああすみません、徹底した措置をその方向については講じているゆえ」
「徹底した措置?」
「町に入るのに四か所のゲートからしか出入りできない理由。それは、電磁波による防壁があるから。それはすべて、野蛮なる男たちから身を守るために」
本来なら高卒はおろか大卒にも平気でなれるほどの知性を持った拓海は、そこでキウイがない理由を理解した。
「オスは、全て……」
「そうです。アリでもカブトムシでも、植物でも、です。ただどうしてもクローン肉だけは栄養も味も劣化がひどく、その点が現在の課題です。まだ牡牛や雄鶏は必要なのです」
キウイ以外にもメロン、栗、イチョウ、キュウリ、カボチャ、トウモロコシ、さらに言えばスギやヒノキ。
これら「雄花」が必要な植物もまた、排除対象だった。
町内にいるオスの生き物は、雑草を除けばオスの家畜しかいないらしい。
「いずれは…」
「そうです。町ではすでに出産さえも女性だけでできるようになっています。女性同士が肉欲によらず純粋な信愛によってのみパートナーとなり、子どもをもうける事ができるのです。そこには醜き物は何もありません」
「でも…」
「おっしゃりたい事はわかります。女性だって醜い部分はあると」
醜い女ならば、拓海だって幾度も見て来た。中学時代のあの三人、工場勤務時代に幾度も絡んで来た女。いや、幼稚園時代におもちゃを横取りしてごめんなさいとも言わず返さないまま転園したあの女。
「だからこそ、私たちは示さねばならないのです。その醜い部分をも乗り越えられると。
そして、完全な町を作れると」
この町に花粉症はない?




