アレルギー反応
一年近く逮捕監禁されていた生活から復活した海藤拓海を、最初は必死に親や関係者たちは守った。友人たちも彼女を丁重に扱い、勉強を含めいろいろと教えてくれた。だが二年もすると、彼女はまた普通の生活に戻った。と言うか、一番真っ当な道に戻ったと言うべきだろう。
これ以上あんなやつのせいで人生を乱されてたまるか。
そう決意したればこそ拓海も裸足で飛び出し、近所の家に助けを求めて逃げ切った。そしてその感情は、ほぼ等しく両親を含む関係者が共有していた。これからは、彼女に真っ当な人間の人生を送らせる。そのために、老若男女問わず気を使うようになった。気を使わない人間はハブられるようになり、それなりに平和な生活を送れていた。それでも何もかも都合のいい事ばかりは起きないもので、人間関係を含めそれなりに拓海の人生にも不都合が生じて来た。
だがそうなって来た時、また別の感情が拓海の中に沸き上がって来ていた。
—————何をやってたんだ、男たちは。
事件の性格上多数の婦人警官からなぐさめてもらった拓海だったが、上層部をはじめ警官の大半は男だった。
えんえん一年もの間、警察は自分を見つけてくれなかった。最終的に自力で逃げ出すしかなかった。
元々人並みには社交的だったはずの拓海はある程度までは男女問わず仲良く出来ていたが、小学五年生ごろから心が乱れ始めた。PTSDとか言うにはあまりにも唐突であり、思春期特有のホルモンバランスの乱れかとも思われ様々なカウンセリングも受けたが、それでも担当医のみならず職員に男性が混ざっているとそれだけで感情を抑えきれなくなってしまう。
結果的にほどなくして初潮が発生する事により強姦への恐怖を恐れたと言う事にされ精神安定剤を与えられるようになったが、その理屈っぽい結論はなおさら拓海を追い詰めた。
—————薬漬け女。被害者貴族。ファッションミサンドリスト。
当然のように私立女子中学に入った拓海を、そう心なく呼ぶ三人の女子グループがあった。
事件の事を知った上で受刑者ではなく彼女を非難するその姿勢に当然学校や教師、心ある生徒たちは叱責したが、なおさらそのグループの対応は硬化した。
学費が安くて安全な学校として選ばれたその学校は実は倍率の高い名門校で、多くの生徒が必死に勉強して入った学校だった。そこに拓海—————あの一年間まったくまともなカリキュラムでの授業を受けられなかったはずの女が、入り込んで来た。三人はその反動のように拓海が勉強好きになり、小学五・六年になってからはなおさらその程度を深めていたとは全く知らなかった。そういう訳で自分たちが必死になって入った学校に拓海がすんなり入ったのにうさんくささを覚え、攻撃した次第である。
そしてある日、彼女たちは実力行使に及んでしまった。
下校中の拓海のカバンをひったくり、あらかじめ待機していた一人の男性の下へと導いたのだ。
「ちょっと、何するの!」
「私たちはね、親切でやってるの!」
「そうそう、男嫌いだって言うならまずはハイレベルな男で慣れればいいじゃない」
「テレビで見てるから!」
拓海の言葉を耳に入れる事もなく、三人はカバンを抱え込みながら裏路地へと向かう。この時の三人に言葉通りの親切心があったのかどうか、それは本人たちでさえも分からない。まるであの時のように息せき切って走る拓海を適当にあしらいながら、三人は逃げ回った。
そして。
「ほら超カッコイイじゃん!」
「これぐらいの男だっているんだから、ほらっ!」
目的を達成した三人は拓海のカバンを男性に向けて投げた。
男性はカバンを追って来た拓海に丁重にカバンを渡す。
あの男のように野暮ったい小太りではなく、むしろイケメン。粗野な所も女たらしな所もなく、はっきり言って理想の男。
—————だが。
「ほら、ちゃんとお礼を言わないと!」
「う……うう……」
字面だけ見ればごもっとものいじめっ子たちの言葉に反するように、拓海は唸り出す。
そして振り向いた拓海の顔は、好き放題していた三人をひるませるには十二分過ぎた。
「あ゛、あ゛あ゛……!!」
「ちょ、ちょっと……」
「hd;dh9ウk;オsk、オp@8ymf4ルp4270l89kq:~!!」
どう形容しようもないほどの声。
時々「さない」とか「手先」とか「熊」とか聞こえるが、後はもう人間の言葉とは思えない野性的な声。そんな声を出しながら、カバンで拓海は三人を激しく殴った。殺される前に殺してやると言わんばかりに全身を殴りつけ、時には笑ったりする。
「ごめん許して!私!」
「許ずわげがぁぁぁ!!!」
「わだじだぢのバガァァ……!」
いじめのネタにされたそのイケメン男性も何をしていいかわからずに立ち尽くすばかりであり、コンクリートジャングルではなく本物のジャングルのようになった。
やがてイケメン男性が婦人警官を呼んだ事により拓海の暴走は止まったが、後には失禁しなかったのが奇跡なほどに真っ赤で真っ青になった三人のメスのシマウマと獰猛なメスライオン、ライオンの狂乱を前にしてどうにも無力なオスのトラだけがいた。
結果的にこの事件により拓海は三日間の停学となったが、三人は一週間の停学とされ学校から去る事を余儀なくされた。
そしてこの件により拓海の男嫌いは決定的となり、男親でさえもまともに会話できなくなってしまった。
またおそらくは「許さない」、「あの男の手先」、「悪魔」と言う形容で転校を余儀なくされただろう三人もまたその後すっかり心の梁を折ってしまい、いじめられっ子にさえならないまま学校生活を終え、現在は三人して従順すぎる嫁としていびろうとする姑をも飲み込む漆黒の闇を抱えた人間になってしまった。
もっとも、彼女らはまだましな人生かもしれない。
この事件をきっかけに引きこもり一歩手前に陥った拓海は、親への一刻も早い恩返しを求めるために成績トップだった学業を投げ捨て、中卒で仕事場に入ってしまったのだから。
アレルギー体質の人間に強引に与えるのは、ダメ、ゼッタイ。




