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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第九章 駆け込み寺との違い
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海藤拓海

「それで、こちらに……」


 ホテルと言うにはあまりにも小規模な、コテージとかロッジとでも言うべき小屋。


 入町管理所から徒歩八分の所にあるこの建物に、拓海は押し込まれた。


「あの、それで……」

「しばらくはこちらに滞在していただき、書類をお願い致します。もちろん時を改めると言うのであれば」

「改めません!」

 小屋に入れられた拓海はすでにその気満々であり、一刻も早い入町を求めていた。

「ではこちらにてしばらくどうぞ」


 二段ベッドとテーブルと、少しの筆記用具と書籍。委任状と書かれた書類と、断念状なる聞き覚えのない書類。

「もし今からでも不安があるのであれば」

 その気ならば委任状をここで記し、町役人及び管制塔傘下企業の職員に手続きを済ませてもらう。一方断念状と言うのは、おそらくは移住をあきらめた人間が書くための書類だろう。

 だが女だけの町に住む気満々の拓海は説明を聞き終わる前に委任状に自分の氏名・住所・年齢などを書いた。他には窓口で聞かれたような移住目的、希望職種などを記す書類もあったが、そちらには何も書かないままひったくるように書類を奪い部屋に入ってしまった。



「はぁ……」


 拓海はため息をつく事しかできない。


 せっかく新しい日々が始まる予定だったのに、なぜまた足止めされなければならないのか。

 別に書類手続きに関しては特に問題がある訳ではない。事前に連絡を怠り、強引に突っ込んだ自分が悪い事もわかっている。頭では。


 たしかにこの宿には、今の所女性しかいない。受付も、清掃係も、みんな女性。

 実に心地よく、実に過ごしやすい。だがあくまでも、ここは飛び地。一歩でも外に出れば、また男たちが待つ世界へと放り込まれる。

「既に海藤さんは決意していらっしゃるようですのでなるべく触れる事のないように配慮いたします」

 と口では言われているが、それが拓海の心を慰める訳でもない。

 委任状を書くまでは精力的だったはずの拓海は、精魂尽き果てたようにベッドに横になっていた。ノック音に従い体を起こし、職員に委任状を渡す。もう一枚の書類については氏名・住所・年齢を書いたきり手を付けていない。


(どうして、こんなに遠くにあるのかしら……)


 拓海は己が生まれの不運を嘆いた。


 彼女の故郷、と言うか前居住地から女性だけの町まで、最速でも丸一日かかる。その上にこの町自体が半ば秘境であり実験と言うか挑戦的な立ち位置であったためかそれほど積極的な宣伝をしておらず、存在を拓海が知ったのさえもわずか五年前だった。それからはもうそこに行くために仕事を頑張って来たつもりだったが、それでもなかなか探し当てる事はできない。

 さらに言えば、家族も友人もその点については不親切だった。そんな絶好の存在があるならばなぜ教えてくれなかったのかと文句を言った事もある。そうしたら親たちは知らなかったと言い、友人たちは怪しいと言う。どこにも完全な安全なんてないよとか言われもした。それがJF党事件を差しているのはほどなくしてわかったが、拓海にしてみれば大きなお世話だった。


 そんな彼女の部屋にノック音が鳴るが、拓海は首をまともに上げる事すらしない。わずかに斜め上を見てまだ二時半なのにとばかりに無視を決め込むが、それでもノックは止まらない。ああそうですかどうしてもとばかりに40キロもない肉体を重たく動かし、ブサイクな顔でドアを開ける。

「ひどくお疲れのようですが」

「まあ、はい……」

 なぜすぐに許可をくれないんですかと言う恨み節を無理くりに抑え込みながら、最低限の相槌を打つ。

「それでは一度入浴所へご案内いたします。そこでお湯にお浸かりいただきお休みくださいませ」

 職員の親切な言葉にも、拓海の目は丸くならない。まるで彼女たちを疑う事が自分のアイデンティティーだとでも言わんばかりに、無駄に強い目力を発揮している。それだと言うのに職員の女性は温かい目で彼女を見下ろし、じっと返答を待つ。

「…………いくらですか?」

「それは無料です」

 やがて根負けしたように拓海が悪態をつくと、またもや職員は無機質な言葉を温かくこぼす。

 決して高額ではないが滞在費を取られると知った時には、やはり理性的にはともかく感情的に認められなかった。確かに宿泊施設に泊まって二食はおろか三食供給されるのにただと言うのは無茶苦茶だが、本来ならばすぐさま入町できたはずだった。今さらお金を惜しむ気もないが、それでもここに来て本来落としたくない所に落とすのは嫌だったし、単純に女性だけの町でもっといい暮らしがしたかった。


 とりあえず無料と言う言葉に甘えて入浴した拓海。だが真っ昼間に入浴するような人間はほとんどおらず、家庭風呂とも大風呂とも言えないような中途半端な大きさの浴槽でさっきと同じように所在なげにする事しかできなかった。

 本来なら長旅の疲れをほぐすはずの浴槽に浸かる拓海の目は、むしろ余計に鋭くなっている。この十数年でそれなりに柔らかくなったつもりだが、少しでも疲労が限界点を越えるとすぐさまこうなる。

(すべてはあの男の、あの男のせい……!)

 長くない髪の毛を必要以上に洗う。ひと月前、まだ三十二歳なのに白髪を見つけた時には驚いたり泣いたりするより先に怒りがこみ上げ、一刻も早く町を出たくなった。その白髪は既に抜け落ち、どこかに流れてしまっている。




 それなりの重大事件として片付けられた、彼女の過去のように。

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