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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第八章 黄川田達子
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「毒島家のクッキー」

 毒島正子は農業地区に住み、パートナーを都市部にて一人で仕事をさせていた。




 彼女が産んだ娘の由子は赤子の時からとても可愛らしく、第三者から見ても美少女だった。

「もし外の世界に生まれていたら変な男に目を付けられていたでしょうね……」

 生まれたばかりの我が子を仲間たちに見せながら正子がそう嘆いて見せたのに対し、隣人たちは揃って愛想笑いを浮かべた。その中には半年前に同じ事を言って同じような顔をされた女性もいたが、誰もまったく気にしていなかった。


 そんな彼女がパートナーと別居しているのは、婦婦仲が悪いからではない。




「由子……」

「いらない……」

 正子はここ最近、娘の顔色の青さに悩んでいた。

 小学校に行って帰って来るだけで誰とも遊ぼうとせず、放課後はいつも家に帰って勉強するか母親か近所の手伝いをするか。いい子と言えばいい子なのだが、あまりにも物足りない。差し出されたおやつのクッキーにも全く手を付けようとせず、覇気のない目で外ばかり見ている。

「何か不満でもあるの、ママに言いなさい」

「何もないわ」

 聞いた所で、何もないしか由子は言わない。

 正子は決して高価な服を身にまとうでもなく、家も母子二人暮らしならば不自由のない程度の家屋である。だが彼女は決して貧困層ではなく、産婦人科医と言うパートナーの職業からして完全な富裕層であり、こんな場所に居を構える必要は本来ない。

 それでも正子は、この農業地区に家が欲しかった。


(産婦人科医と医者は違うとか言うけど、姉と姪を見てどうして何とも思わないのかしら……)


 正子の七つ上の姉は90キロ、正子の姪は由子より二つ上なだけなのに56キロある。正子の現在の体重は姪より10キロほど軽い。二人とも当然生活習慣病患者であり、二人して月一で病院通いである。しかもその体型ゆえに姉は高給取りである第二次産業に付けず、パートナーの収入頼りの苦しい生活をしている。

 その二人の失敗を見てしまった正子からしてみれば、肥満は禁忌に近かった。別に美貌ありきの仕事に就かせる気もないが、それでも健康を損なわせたくなかった。


 だから、農業地区に移り住み、新鮮で健康的な食材を求めたのだ。


 彼女の作るクッキーにはニンジンとカボチャが入っており、小麦粉と砂糖は最小限に抑えられていた。別に料理の仕事をしていた訳ではないなりに必死に勉強し、作った自慢の一品だった。

 正子は由子がよその家に行く時などは、いつもそのクッキーを含む自家製のおやつを持たせていた。だが最近は由子自身がお呼ばれする事もお友達を招く事もなく、すっかり作る量が減ってしまっている。


「お友達は」

「……」

「どうしたの?」

「別に……でも……」

「でも?」

「いや、何でもない……」


 当然正子も心配するが、由子はまったく気のない返事しかしない。ノートと教科書しかない部屋で鉛筆を握り、手製のクッキーに手を付けようとしないで中学生レベルの数式を書いてばかりいる。都市部でもできる事をやっている。

 字はやたら細かく、鉛筆は短い。その鉛筆を握る腕は鉛筆に負けず劣らず細く、ついでに吐息も細い。その細い吐息からにじみ出る感情を感じ取るのに、中卒どころか小学校レベルの学力も要らないはずだった。


「じゃあ、いいけど……」




 ただ正子だけが、その事に気づかない。本当に何をしたらわからないまま、誰にも何も言えないまま思い悩んでいた。


(あの人もあんな仕事のくせに由子には甘いのよね。女の子ってのはあっという間に太る物だってわからないのかな、って言うか食材は安い代わりに別のコストがかかるだなんて……)


 農業地区と言う名の田舎的な町では、まったく悪意のないカロリーが襲い掛かって来る。ただでさえ細身だった由子を心底から心配した住民たちが次々と物体を差し出し、由子をメタボリックシンドロームに導こうとする。正子は何べんも断ろうとしたが、その度に遠慮と言う単語に片付けられてしまう。最終的に「みんなちがってみんないい」の原則を持ち出して切り抜けたが、その結果簡単に母子は浮いてしまった。

 そのカロリーのほとんどが市販品であり、それを避けるために農業地区に移住したつもりだった正子からしてみれば大誤算であった。もっとも農業地区と言うのはあくまでも農業を生業とすると言うだけで決して田舎町と言う訳ではなく、インフラもかなり整備されていたから日々の買い物にはさほど困らなかった。

 だから、それらに負けじと胃袋をつかむべく正子は自家製デザートを作った。もちろん大敵であるカロリーと脂質と糖分は徹底的にそぎ落とし、健康第一のクッキーを作った。


 そのはずなのに由子は一日で不満を言い、三日で飽きてしまった。子どもたちに配ったが、おいしいと言う反応をした人間は六人に一人だった。


(なんでだろ。みんな頭おかしいのかな。子どもに苦しんで欲しいだなんて。子どもの事なんかどうでもいいのかな)


 正子は今日もまた、カロリーを徹底的に計算したメニューを作っている。


 すべては、娘のために。


 自分の心血を注いで。

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