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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第八章 黄川田達子
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過去の事件

 小学生を巻き込んだ事件の一週間後、黄川田は住民たちを集めた。


 もちろん任意参加であったが、黄川田が印税で購入した光る集会所には相当な人数が集まっていた。

 築四半世紀のはずなのにまったくきれいなのは清掃員と大工が丹精を籠めて面倒を見て来たからであり、その点も黄川田は実に満足していた。


「外の世界で私は、数多の狂気を見て来ました。先の誘拐事件のような一件は、残念ながら珍しくありません」


 黄川田は本当に真剣な顔でホワイトボードを叩く。真っ赤なマグネットに止められている用紙は風もないのにはためき、やたら雄弁に動いている。


「かつて、この男は登下校中の少女を誘拐し、自分の家に連れ込みました。そして身代金を要求するでもなく自分好みの衣装を選び、まるで我が娘のように扱ったのです。結婚などした事もないのに」


 そばかす面にぼさぼさ頭、ピンク色のポスターにハートマークの付いた本ばかり並ぶ本棚。そしてわずかに映るパソコンのデスクトップには緑色の髪の毛をしたミニスカートの少女。

 言うまでもなく、男以外はすべてが三次元とは違う世界の物体。


「その男は彼女に勝手にレイラと言う名前を付け、髪色まで染めていました。現実では全くあり得ない、ピンク色に。それで彼女は今でも強引な染色により髪の毛の艶は失われたままであり、あこがれの女優のように髪を伸ばす事も出来なくなってしまいました。もちろん男性恐怖症となり、今でも恋、いや伴侶はできていません」


 恋愛と言う言葉は、この町にとってあまり市民権のない言葉だった。婦婦になるために「結婚式」を行う事もあるが、永遠の愛を誓いあう事はない。

 お互いにお互いを支え合うために「富める時も貧しき時も病める時も健やかなる時も」と言うお決まりのフレーズを挟む事もあるが、それが精一杯の言葉だった。


「この男は少女の全てを管理しようと図り、最初に殴る蹴るの暴行を加え拘束。肉体的にだけでなく心理的痛撃を与え抵抗力を奪い、自分に従う事が幸せだと思い込ませたのです。体重ばかり増え、大した力もないのに。憎々し気な事に、この男は既に刑務所を出てしまっています。残念ながらそんな存在を追う術は我々にはありません。もう、終わった事にされてしまいましたから」

 単純に刑期とか前科とか言っても、受刑者がそれを消化するだけで被害者の無念が晴れる訳ではない。本当に反省している姿を見せた所で歳月は戻らないし傷は塞がらない。さらに言えば、口だけの反省をしてまた犯行に及んだり、そもそも反省しない可能性だってあったりする。

「ましてやこの手の犯罪は本能的であるだけに再犯率が高く、女性たちの心胆を寒からしめます。そしてその犯罪に対するあまりにも甘ったるい取り締まりに女性たちは絶望し、その結果、多くの健全なる女性たちがこの町を求めるようになったのは皆様ご存じのはずです」


 社会進出。男女平等。

 

 それらの理念の中で創始者たちをもっとも動かしたのは、安全への欲望だった。



 そしてその筆頭が、性犯罪への恐怖だった。



「殺人、暴行、窃盗、詐欺……犯罪は数多存在します。しかしその中で女性が一番恐れたのは、自らの性をただ搾取される事です」

 達子の握る指し棒がホワイトボードに叩き付けられ、建物中に響くほどの音を立てる。

「かつてこの少女は性を男により搾取され、人生の全てを失ったのです。まだ十歳にもならぬのに、です!それに対する刑罰はわずかに八年……これが現実です。

 そして実に恐ろしき事に!男はその気になれば何でも欲情できます!性器や胸のみならず、顔や腕、足でも!しかも人間の宿痾と言うべきそれにより、欲情には終わりがありません!」


 人類が繁栄したのは、年がら年中繁殖できるゆえだ。だがその野生生物的には長所でしかないその性質こそ、人類平穏にとって最大の敵であった。

 文字通り野蛮な猿が町中をうろつき、獲物を捕って食おうとしている。中には自ら喰われようと猿たちのいけにえにならんとする存在もいる。その負の連鎖のせいで人間はいつまでも平穏にたどり着けない。


「その欲情との戦い!それこそ!この町の意味です!決して見世物小屋などではありません!」


 なればこそ、その恐怖から逃れるためにこの町を作った——————————。


 生殖は眠る受精卵に任せ、性欲は罪として警察と言う公権力に抑え込ませる。その事によりやがては皆が平穏に生きられるようになり、誰も相手を傷つけようとしなくなる。今はまだその過程に過ぎないが、いずれは誰もかもがお互いを慮る時代が来る。


 そのはずなのに、色欲などに身をやつし、なすべき事を怠り続ける。なればこそ犯罪も、戦争も起きてしまう。

 その怒りを、自分たちは示したはずなのに、一向に変わる気配がない。事もあろうに観光地扱いする人間もいる。


「欲望の力を正しく使うこと!それが、この町を守る正義です!二度と、彼女のような存在を出さないために!」

 黄川田達子の声が鳴り響く。

 作家であり政治家である女性の言葉に、拍手の音が鳴り響く。


 外の世界で数多のベストセラーを生み、この町でもたくさんのヒット作を生み出し、さらにはつい最近子ども向けと言うか主婦向けに一冊のベストセラーを記した作家の言葉に。




 その名は、「毒島家のクッキー」。

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