達子の恐怖(性的描写注意)
町外れに向かって行く、一人の少女。
前を押さえる、少女。
少女が何を求めているのか、わからない達子ではない。
「もしもし」
声をかけるが、少女は全く反応しない。必死に一方向に向かって歩を進め、その上でやたらキョロキョロとしている。
水色の上着に、黄色いミニスカート。それこそ下着が見えてもおかしくないほどの、と言うか水たまりから見えかねないほどのミニ。もっともアスファルトの雨上がりなど水たまりができてしかるべき代物であり、この手の被害はさほど珍しくもない。その事が達子にスカートに対する不信感を覚えたのは言うまでもない。
(最近では女子さえもその手の行いに関与すると言うのですから……まったく世も末よ)
外の世界の銭湯にて行われた盗撮事件の犯人が出馬亀野郎ではなく女、それも小学三年生の娘連れの主婦だと聞いた時には達子もめまいがした。しかも動機が小遣い稼ぎだと聞いた時は、まったく開いた口が塞がらなくなった。
「そんなにも純愛は難しいんでしょうか」
達子は別に女性はみな淑女であれとか御大層な事を言う気もなかったが、そこまでして色欲を満たそうとする有様の見苦しさに言葉を紡ぐ気力が失せてしまっていた。コメンテーターとして、絞り出すようにそこまで言うのが限界だった。男たちは女の何に興奮するかわからない、そうとある同業者の授賞パーティーで言われた事もある。先人の名作と呼ばれる作品を読んで女子の腕の感触がどうたらこうたらと言う文章を見て以降、達子はその作家の作品を読めなくなった。
「どうしたのです」
「何でもないから!」
達子が少女に声をかけ迫ろうとすると、少女は急に走り出した。
パッと見自宅の方向に走って行ったのだろうが、少女の足で間に合うかどうかわからない。
達子は今さっきチラシを配った家のチャイムを高速で連打した。
「どうしたんです!」
「トイレです!トイレ貸してください!あの子が!あの子が!」
達子はの叫び声で事態を理解した家主は走り去ろうとする少女を追いかけるべく玄関ドアを開け、わき目もふらずサンダルで駆け出した。
「ここからあの子の家まではざっと七分はあるよ!子どもの足じゃ倍かかるわ!」
その後に靴を脱いで、駆けこんで……と言う作業をこなすとなると成功の保証がない。少女の中身がどれだけなのかはわからないが、あのつっけんどんな口ぶりからすると文字通りの赤信号だろう。
達子とそれほど年の変わらない女性が、達子と共に走る。
なんとかしなければならない。困っている存在を助けるために政治はある。
目先の問題だけに囚われる訳にも行かないが、目の前の問題を放置できるほど薄情な人間になる気もない。
ましてや少女など、もっとも守るべき未来ではないか。
緑色ばかり濃くなる方角。生け垣と言うには雑な草むら。それと別側に田んぼ。草むらの向こうには老婦婦が二年前にこの世を去り跡目の娘も農業に関心を持たず売り家となった不動産屋以外誰も来ない家。そんな場所に何が潜んでいるかと言う疑問の答えを、達子ははっきりと持っていた。
「どこなのー!早くー!」
この場にそんな存在はいない事を、頭では達子はわかっている。だがこれまで染みついていた理屈から、体が勝手に動いていた。達子の心からの叫び声に呼応するように、次々と玄関が開く。
「どうしたんです!」
「何が起きたの!」
心配を体現化したような声が響き渡り、農村が一挙に喧騒に包まれる。裏表のない達子の声が町人たちを動かし、騒動を大きくする。そして声以上に目が口ほどに物を言う。このまま放置していては何が起こるかわからないと言う恐怖心の発露。達子の感情のすべてが人間たちを動かしていた。
「早く!早くしないと!」
もたついていると何が起こるか!五十二年の人生で呆れるほど経験してきたその時間が、どれほどまでに無防備であり危険か。その事に気づいた時達子は身震いし、道徳とか以前に蹂躙される恐怖を感じた。
「早くこっち来て!今なら間に合うから!」
その瞬間を襲われたら!
「うるさーい!」
まったく真剣な大人に対し、子どもが返して来た言葉はその一言だけだった。
「あそこです!」
だがあくまでも真剣な大人は子どもの駄々さえも救いの言葉と受け取り、声のする方へと走る。
草むらをかき分け進んだ五十二歳の女性は、なんとかしてするべき場所、安全な場所でやらせようとする。
そしてその視界、斜め下に少女の姿を捉えた。
「さあ早くそこのおうちで!」
「やめてよ!」
白い布が膝まで下ろされているを見た達子は全速力で引き上げようとするが、しゃがんでいた少女に突き飛ばされて後ろ向きに転びそうになってしまう。
「そんなとこでしちゃダメ!」
「そんな事言っても、もう、ダメェェ!」
達子と少女、二人のダメと言う単語と共に、小さな水たまりが出来始めた。
達子が大騒ぎした結果その水たまりはかなりの人間の知る所となり、多くの虫を水没させた。
「ちょっと、あなた…!」
「ガマンできなかったの!」
「でもちゃんと、そういう事は!そういう、事はぁぁぁぁぁぁ……!!
達子の目から、液体がこぼれ出した。
その液体はこの場を支配し、彼女の声はこの町生まれの人間たちすべての耳に入り込んだ。




