黄川田達子
農業地区。
この町の住民の食糧を担う文字通りの生命線。
収穫に向けて第一次産業の従事者たちが、大地を耕している地。
だがこの日、そんな事をする人間はいない。
「大雨ねえ」
一時間十ミリ、一日では百ミリを超える大雨。予報は済んでいたから対策はされているが、それでも農作物に与える影響は小さくない。この雨が農業用水に転じられればいいが、実際そんなにうまく行くわけではない。幸い川の氾濫などはないにせよ、この状況でトラクターを動かすような勇者など誰もいない。
皆が木の葉が濡れるのを見ながら、小屋の中で農具に付くサビとの戦いに勤しんでいた。
「あたしもやっちまったねえ、天気が分かってれば近所のスーパーのバイトにでも行ったのに」
「天気予報ばかりはどうにもなりませんよ」
「吉海さんは優しい女だよねえ」
吉海と言う名前を持つ農婦の女性は義母に向かって穏やかに話す。三十四歳の彼女の母は産婦人科医でありエリートと言うべき存在だったが、既に彼女はこの家に嫁ぎ双子の母となってから六年が経ち、すっかり農婦として板についていた。そんな彼女を義母は温かく迎え、そして今は共に農具を磨いている。
「お義母さんは今度休みが取れたらどうします?」
「まあゆっくり本でも読むよ。最近面白い本が手に入ったからね」
「それってまさか横流し品じゃ」
横流し品とは、この町に輸入されるいかがわしい同人誌の事だ。行政が検閲などすればすぐさま言論弾圧の烙印を押されるから表向きはただの一企業の商取引と言う形になっているが、それでも大半の同人誌は役目が済み次第破棄される。
だがその破棄は管制塔傘下の書店でさえも店長の裁量ひとつであり、倉庫に眠っている事も少なくない。基本的にそれらの本はアングラエンタメ施設への卸売商品であり、その施設も必要な資料を取れば廃棄する事となっていた。だが実際は人気商品を再販・定番化するために資料として残している事も多く、表立ってとがめられる事はないがあまり感心はされない。
そしてもっと感心されないのが、私腹を肥やすための横流しである。
文字通りの人身御供と言うか禁忌に近い存在ではあるが、同時に数少ない外の世界の資料でもあった。この町から「追放」されるほど強い意志はないにせよ、生活の中で刺激を求める層は簡単に喰いついて来る。
しかもその価格はおおよそ書店からアングラエンタメ施設に卸されるさらに倍であり、外の世界で売り買いされるそれと比べると五倍近い。転売と言えばそれまでだが、それでも買う人間は存在する。さらに言えば、その横流し品の海賊版もある。もちろんいくら検閲うんたらかんたらを差し引いても犯罪だが、この同人誌と言うのが元々が本来の作者の了承と言うか黙認、と言うよりお目こぼしを得ているのかわからないギリギリの存在であるだけにどうにもややこしいのだ。中にはオリジナルキャラクターのそれもあるが、いずれにせよこんな所まで持ち込まれた存在をどうこうする理由もコストも誰にもない。
「いやねえ、そんな事するもんですか」
「ならいいんですけど、還暦って危ないとかって言われてますよ」
還暦と言う言葉の意味は、この町ではやや意味を異にする。
「十で病を覚え、二十で町に飽き、三十で病に苦しみ、四十で我欲と戦い、五十で老醜を振りかざし、六十で病膏肓に入る」
これもまた先人の言葉だった。
この町を去る人間は二十歳ごろに追放され、四十歳からは誰もが子育てなどで自分の時間が失われ、五十歳になっては過去の栄光に囚われ若年者たちの言葉を聞き届けられなくなると言う次第だ。
そしてここで言う病とは「自己逮捕」をする病の事であり、一般的には三十歳がひとつのピークであり五十歳前後までに終わる。それが六十になって膏肓に入ると言うのは、肉体的ではなく精神的と言う意味だった。これまで三十年以上にわたりずっと病と闘い勝ち抜いて来た女性たちが、その後数年間は戦いを忘れる事はない。だがさらに時を経て還暦となってからは戦勝の喜びが安心感を生み、油断を生んでしまう。
その病の症状として多いのが「追放希望」であり、全てを終えて身も心も楽になったゆえに「追放」と言う名の旅行申請を行い私財をむしり取られるケースが増えており、社会問題の一つとなっていた。
「ですから、私は彼女に投票しようと思います」
吉海は別の紙を農機具の側の棚から取り出した。
小さな文字の並んだその新聞紙には、「高齢追放者禁止」と言う文字が躍っていた。
この政策を掲げる新たな政党の党首。
彼女の名前は、黄川田達子———————————————。




