藤森の過去
藤森の叔母がこの町を飛び出して二年後、第三次大戦が発生した。
JF党による町中を襲った集団テロ事件により、この町は千数百名の死者とその三倍の負傷者、その十倍以上の被災者を生んだ。
その復興には十年の時を要しその結果町民たちの生活により密接に携わる第一次・第二次産業の地位はますます高まった、と言うのは副産物であるが、とにかくこのテロ事件が町全体の運命を変えた事は紛れもない事実だった。
藤森の叔母とテロ事件には、何の関係もない。
だが彼女が追放と言う名の出奔を選んだことによりこの町は一人人口を失い、藤森家は一人の世帯構成員を失った。町民の中の一人と当時七名だった藤森家では訳が違うし、何より死ぬのとはさらに訳が違った。
最初のテロ事件が始まったのは、ちょうど日付が変わる間際の頃。
ある一棟のマンションに、時限爆弾が仕掛けられた。その爆弾は多くの住民を寝たまま亡骸に変え、そして多くの町民たちを焼き尽くす炎を点火した。
二大政党の地位を築く程度には偉大なる野党だったはずの党員たちが、一夜にして重大な犯罪者と化したと言う事実はこの町は無論、世界中をどよめかせた。
そして、この一発目のテロ事件により、藤森の母たちはこの世を去った。
倒壊するマンションに飲み込まれ、娘二人を逃がしてそのまま不帰の旅人となってしまったのだ。
祖母たちの手により姉妹はいったん庇護されたが、二人とも娘たちのあまりにも悲惨な死にざまに精神を病み、そこから体調をも崩して働けなくなってしまった。結果的にまだ未就学児だった妹は幼稚園児になると共に養護施設に入り、姉は中卒で働く事を余儀なくされた。
そんな姉妹を働けないなりに必死に支えた祖母たちも姉が社会に出るころには娘たちの所へと向かってしまったが、その前に行われたのがあの「七回忌」だった。祖母たちは必死に体を動かしながら姉妹の叔母の七回忌を悼み、姉妹も自分たちなりに悲しんだ。
そして、その時から妹の夢は決まった。
必ず管制塔の職員になって治安を守る、と。
その過程で、妹は多くの事を知った。学んだ上で、さらに調べた。JF党と言う名のテロ組織の事を、被害者遺族と言う立場まで駆使して姉と共に調べた。当初は積極的でなかった友人たちも妹の意欲に負けて情報集めに加わるようになり、その中で彼女は一つの結論をはじき出した。
そしてその結論は彼女の性格を完全に固め、現在の藤森を作り上げた。
家庭は、既に二児の母となった姉に任せておけばいい。その家庭を守るために、自分は戦う。自分には、自分の意志を理解してくれる後継者がいればいい。
(どうしてみんな真摯に当たろうとしないのだろう)
既に心を決めていた藤森からしてみれば、神林を始め他のどの職員も腑抜けに思えた。真面目に職務に当たろうとせず、恋愛だのファッションだのに現を抜かしている。
藤森の友人と言えるのは、入町管理者たちぐらいだった。もっとも友人と言っても食事を共にしたりエンタメ施設に行ったりする事もなく、ただ政と歴史についての談義を交わすだけだった。
たまの休みの日になると、藤森は寝ているかその友人たちと話し合うかしかしない。神林からはえらく退屈で逆に疲れそうとか言われたが、藤森にとっては癒しだった。会話が目的だから別に店を構える事もなく、自分の部屋に籠って受話器を握り合う。時々どちらかの家に行く事もあるが、そこでも水以上の飲食物は出ない。
そしてそれは、半年に一度の女子会とでも言うべき場でも同じだった。
参加者は藤森と、龍崎・武田・虎川・朱原と言った同期の入町管理所の職員たち。文字通りのこの町と外部のコネクションをつなぐわずかな出入り口を管理する人間であり、藤森以上に安全を守っている存在だった。
「今日もよろしくお願いします」
主催者の藤森の挨拶と共に、お互いが頭を下げ合う。女子会と言うより会議のような空気だったが、五人とも実に楽しそうな顔をしていた。
「それで藤森さん、仕事の方は」
「順調です。しかし最近はどうも仕事が」
「大変なんですね。でもそれが町の治安を守ると言う事ですから。私もそのために移住希望者を傷つけてしまう事もあります」
例えペットでもオスを通さないと言うのが絶対的な原則であり、その原則に従わない住民は絶対に入町を許されなかった。
「それ以上につらいのはそちらの実家でしょう」
「ええ。残念ながら、我々の技術では十全たる食肉を得る事はできていません」
唯一、通行を許可されたオスの生物は、種牛を含む家畜たちだけだった。
最初はやむなく持ち込んだオスの家畜との交配で子どもを生んで来たがやがて近親交配の弊害が生じ、どうしても新たなる種が必要となってしまった。その際にやむなく家畜たちを輸入し子どもを産ませているが、どうしても数を増やすとなるとそういう事が起きてしまう。
武田の実家は畜産農家でありその宿命からは逃れる事ができず、結果的に高所得者層でありながら他の第一次産業と比べても人材不足になっていた。
「この町に来る人間は、皆傷ついています」
「男たちになぶられ、心を壊され」
「癒しを求めて来たのです、安全な町に」
女性だけの町。全ての女性が安心に暮らせる町。
そのために皆、日夜励んでいる。
「なればこそ、外の世界の男を私は許せません」
藤森の言葉に対し、四人とも深くうなずいた。




