学歴社会?
かくしてこれまで、多くの人間が管制塔の防衛部隊に駆り出されて行った。その歴史の中で姉妹や婦婦、親子でその役目を務める人間もいた。
そして管制塔職員の母親は、娘に同じ役目をさせたがるそれが多かった。いわゆる教育ママ的なそれと言うよりは純粋なる親心であり愛国心であったが、子どもたちの反応は言うまでもなくまちまちだった。
「どうしてお勉強しないの!」
「だってつまんないもん」
かつての管制塔にて多くの雄を殺していた職員のなれの果てである専業主婦の彼女は、娘の教育に手を焼いていた。正確に言えば専業主婦と言う訳ではなく農家と結婚してその嫁となっている彼女には既に三人の娘がおり、長女は既にパートナーを見つけ自分の伴侶と共に大地をひっかいている。次女は高二で管制塔を目指して勉強に励んでいる。
ここまでは良かった。
だが、問題は三女だった。
まだ小学一年生とは言え、まともに勉強もしないで走り回ってばかり。たまに姉婦婦たちの仕事を手伝う時だけはまじめだが、教科書とノートを前にするとすっかり高いびきの名人に成り下がる。
「あなた、もしかして農家になりたいの?」
「ううん、ちがう」
「じゃあ何がしたいの!」
「お金がほしい」
そんな娘に向かってつい吠えた彼女に飛んで来た言葉は、予想外を極めた物だった。
第一次産業も第二次産業と並び比較的高所得であり、彼女の祖母たちを含む八人が食べるのには十分な所得があった。
「お金が欲しいって、そんな簡単に」
「だからママやおねえちゃんがのってるきかいをつくるの」
トラクターを作る仕事がしたい——————————。
あまりにも具体的な夢だった。
「どうして?」
「それつくってる子のおうち、いろんなものたくさんもってるもん」
そして、その理由は果てしなく単純だった。
三女の言う通り、機械工及び整備士は建築業に比べると安いが、それでもそれなりには高給取りだった。もっとも彼女はその家が親不在の上に子ども一人しかいない事を知らずに発言しているのだが、どうしても子どもは自分が持てない物を持っている存在を追い求めてしまう。相手の事情を考えず持ち物を見せびらかすのは素行の良くない証ではあるのだが、どうしても子どもは親からもらった様々なプレゼントを悪意なく出してしまう。その大半が単純な喜びの発露であり、それ以上の意味はない。だがそれでも、劣等感をあおるのには十分だった。
「でもそのためにはやっぱりお勉強しなくちゃダメよ」
「はーい」
だがそうやって仕事を得るためには、結局学問も必要だった。もちろん身体能力や技術も必要だが、学問も必要だ。
学歴社会でもないが、この町にも農業高校や工業高校はあり、大学にも農学部や工学科はある。もっとも大学まで行くのはほぼ研究者コースであり、普通の農家や整備士などなら高校までで十分である。だが、もちろん義務教育ではないから進学できるか否かは入学試験を経なければならない。それこそ入学試験のためには勉強が必要であり、最近ではそのための塾もある。当然進学校ではないからカリキュラムもそれ相応ではあるが、競争率の上昇は止まらない。最近では公立の農業工業水産高校を増やそうと言う案が町議会でも上がっており、すでに立地探しも始まっているとも言われている。
さらにある意味厄介なのは、中卒者だった。それこそ中卒からダイレクトで学歴不問の建築会社に入ったり農家の住み込みとなったりする若者も多く、彼女らは当然高卒でその手の職業に就こうとする人間からしてみれば先輩として君臨している。先輩風を吹かせるのは男性的として好まれていないが、言うまでもなく三年間学問もそこそこに技術を磨いて来た先達との差は決して小さくない。その上勤労者となれば額はともかく給料を得ている事は間違いなく、大半が親のすねかじりだった高校生のプライドをいたく刺激する。
最近ではよほどの事情がない限り中卒者を受け入れないように行政指導が入っているが、それでも諸事情により中卒となった人間の受け皿として企業がなくなる事はないしなくす事はできない。何よりも、目先の貧困を解決する手段として手に職を付けると言うのはもっとも建設的な方法であり、経済的にも良かった。
そして逆に、一部の業者では大卒者などの高学歴者を意図的に採用枠から外しているケースも出始め、最初からそういう企業に飛び込むために中卒で入らせようとする親も出始めていた。
そして事もあろうに、管制塔本体勤務のような人間がそうなっているケースが増え始めていた。




