あこがれの英雄
男はみな狼である。
狼に狙われる哀れなる子羊が、救いを求めて集まった町。
この町に生まれた人間は、その事を生まれた時からやかましく言われる。
「わるいウサギとわるいネズミとわるいネコのお話」と言うベストセラー絵本でも悪役はオスの生き物であり、主役たちはメスか無性別な生き物たちだった。
オスである事は地の分に「オスである」と書いたり、やや長じて来ると男性の第一次性徴の証をわざとらしく書いたり、「俺は○○なんだぞ」と男言葉を使ってみたり。中には第三次大戦のテロリストたちをわざとらしく男言葉にしたパルプフィクションも存在していた。
それらの創作について一部の心ない連中はそれらも取り締まれとか言って来た事もあったが、別にそんなつもりなど管制塔以下誰にもなかった。
「自分たちにとって不愉快であるから表に出すなと言う理屈が通るんなら、誰も何も出来なくなる」
かつてそんな揚げ足取りをされて以来創作の取り締まりなどまったく行っていないが、「女性だけの町を作る原動力の一つが公序良俗を乱す創作の規制への訴えが不調に終わった事」と言う都市伝説は誰も否定しないせいか常にくすぶり続け、自分たちの都合のいい創作だけフリーパスにしている事をとがめられもした。結果的に外の世界の創作は邪魔者が消えたせいでより放縦さを極めたとも言われているが、この町で生まれてこの町で死ぬ多数の人間はそんな事など知る由もない。少なくとも住民の情報ソースである存在からはそんな情報は入って来ない。
そんな訳でこの町の人間は程度の差はあれど男性への嫌悪感、と言うより恐怖感を持っている。それでもなお好奇心が恐怖感に勝ってしまった存在は町を飛び出し、そして帰って来る事はない。
藤森の叔母は、藤森が産まれる前に町を飛び出した。
元々才気煥発で将来は管制塔の職員か産婦人科医か議員と言われた人間が、いきなり優れた女優になりたいとか言ってこの町を去った。高卒及び専門卒以上の経歴があれば家族を含め誰にも決定を止める権利はなく、三日三晩単位の説得も彼女の考えを変える事はできなかった。
藤森家はその手の事に対して厳格と言うか悲観的であり、すぐさま叔母の葬儀が行われた。七年行方不明になれば死亡と言う扱いになるとは言え改めてずいぶんなお話ではあるが、「七回忌」の際にはまだ小学生だった藤森本人も参列して叔母の事を聞き、あまりよくわからないなりに悲しんだ。その時の小学生が葬儀を行ったのが管制塔傘下企業ではない民間の葬儀社である事を知ったのは、つい最近だった。
別に管制塔も特に気にはしていないようだが、その会社は「追放者葬儀」ビジネスを行いかなりの業績を上げていた。もちろん普通にこの世を去った人間の葬儀や埋葬も行っていたが、それらと「追放者葬儀」の重みはかなり違う。良くも悪くもパフォーマンス色が濃い絶好のアピールイベントであり、毎回男たちの非道が声高に唱えられては泣きわめく人間もいた。
「絶対私は管制塔の職員になる」
いつの間にか藤森の夢はそれになり、そのために生きて来た。夢を叶えてからも懸命に職務に忠実になり、悲願とでも言うべき防衛システムの担当になってからは働くのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。給与も含め他は二の次であり、社畜である事を誇りにしていた。そんな人間のプライベートは寝るか仕事の延長のようなおしゃべりかの二択しかなく、出会いが起こりようもなかった。他に使う事がないのならば金は溜まるだろとか言う論旨を口にする事など誰もできない。光熱費他の生活費を払い終わった彼女は残ったわずかな額の内半分ほどを貯金し、残り半分を孤児たちに寄付している。
「それはもちろん思うわ。でも私はそれより目の前の存在を止めたいの。こんな私をわかってくれる存在がいれば今すぐと思わない訳でもないけどね。私は施設の子を引き取って養子にするつもりよ、それなら私の給料でも養えそうだし」
結婚し、自分の稼業を継ぐ子どもの事を考えてもいいのではないかと言われた事もあった。だが藤森はそれよりもより簡単に施設の子を引き取りシングルマザーの道をたどることを選ぼうとしている。言うまでもなく施設の子たちの扱いは非常に丁重な町ではあるが彼女らがスーパーエリートである管制塔職員になる可能性は残念ながら高くなく、フィジカルエリートたちが第二次産業へと進み、そうでない人間は第三次産業へと進む。後者の中には管制塔傘下企業に入る人間もいたが、ダイレクトに管制塔本体勤めとなるとほんのわずかだった。しかも食堂勤務や清掃員などで、本来の役目を担う人間など文字通りのウルトラレアだった。
それでも内心では彼女たちが自分と同じ仕事をしたいだろう事を、藤森は良く知っていた。何せ社内でも何百人単位の人間がこのポストを求めているのだから、それこそ子供たちにとってもあこがれの職業である事は明白だった。
その子どもたちを守る英雄に憧れる人間は、増えこそすれ減りはしないのだ。




