この町の経済と歴史
管制塔にて、最重要な役職にいるはずなのに、お金がない。
多くの人間にとっては信じがたい事実のはずだった。
誠心治安管理社—————通称管制塔の中でも、文字通りのトップクラスの役目。
当然給料はそれ相応のはずであり、富裕層の集まりのはずだった。
だが神林の昨月の手取りは、ゴミ回収業の妹よりも少ない。神林の妹も管制塔傘下企業で高給取りの部類に入るから高いが、それでも事情を知らない人間からしてみれば何かの間違いのような話だった。
だが神林はおろか藤森でさえも、正直家計は思ったより楽ではなかった。
家や車のような高価な買い物をしていると言うならともかく、決して浪費家と言う訳でもない。文字通りの仕事の鬼であり、そのためにすべてを費やせる人間だった。
そのような人間を管制塔は求めていた。
創始者たちが本当に女性たちだけの町を作ろうとした時、男女問わず山ほどの人間が鼻で笑った。直接妨害した人間はごくわずかだったが、多くの人間が無意味だとか自己満足だとか言って崇高なる取り組みを貶めようとした。
中でも妨害に執心していたひとりの「女性」はありとあらゆるデータを持ち出し、とどまらねば同レベルの生活ができなくなると言いふらした。
いわく、彼女たちの行いはお遊びに過ぎない、ただの自己満足であると。
「もし彼女たちが「男だけの町」を作ると言う要求に対し鼻で笑わないのであれば話は通じましょう」
そうやってその女性は創始者たちを呼びつけ、議論を吹っ掛けた。創始者たちは自分たちの思いの強さと安全性、さらには「男性だけの町」への理解と男性ができるならば自分たちもできると言う決意を表明した。その上で現在損害を受けている女性たちを保護し自分たちが守るのだと明言し、多くの女性たちに呼びかけた。だがその際の一件で創始者グループの一部が離反し、その事を盾に連中は独善と言う烙印を浴びせて来た。
その無念を反骨心とし、純化した誠意をもって創始者たちはただただ無心で動き、町を切り開いた。自ら畑を耕し、魚を獲り、建物を築いた。事あるごとに不満を唱えた女性たちに対し無言で手本を示し、粗衣粗食にも耐えた。その結果段々と女性たちも集まり「第二次大戦」の勝利も得た。
そのはずだった。
「正義のための正義、安心のための安心 ~女性だけの町の虚構~」
それでもなお、ケチをつける人間の数は一向に減らない。こんな本を町を見もしないのに執筆して、ベストセラーになったらしい話もあった。
曰く、政治も治安もまったく属人的であり宗教的。
少しでも罪を犯せば即村八分、刑法を無視した重罰を科す有様は独裁政権か、下手すれば盟神探湯。
指導者たちのカリスマに依存した政権は、指導者たちの死により崩壊しいずれ内部分裂を起こす。
でないとしてもイデオロギーと感情だけで動き続けていてはいずれ破綻する。
と、考えうる限りの悪口を詰め込んだような本。
もちろんその悪書も住民たちに力を与えたが同時に住民たちの硬化をももたらし、もうこれ以上外部に好き勝手言わせないために動かねばならぬとさらに本腰を入れるようになった。これまでビジネスとして投資していた外部企業との接触を徐々に削り、創始者たちの私財を使って自己防衛のための存在を作り上げる事を決意させた。
それから女性だけの町と言うユートピアは、誠心治安管理社と言う一企業の企業城下町になった。もちろん創業者は創始者の一人であり、社員も全員女性。この町を求めた女性。
そこからはもう流れるように事は動き、誠心治安管理社は町内の安全を守るために電波塔を作り、四つの支塔を作り、電磁波のバリアを作った。当然それを維持するために発電所を作り、町を作った。当然雇用が生まれ、経済は膨れた。
そして、社長と言う名の為政者たちにより給与体系その他の為政方針も決まった。
——————————誰もやりたがらない仕事の給与を上げろ。
あまりにも単純明快な、為政方針。
女性では難しい仕事や、女性の人気のない仕事。
あるいは世間的に言って人気のない職業。
それらの給与を高くすることにより、まんべんなく必要な人材を送り込む。それがこの町のルールになった。
その結果ゴミ回収やトイレ掃除などが高給取りとなり、富裕層の仕事となった。一時期人材供給過剰として給与が下がった事もあったが、定期的に「女性だけの町」の悪口をぶっこんで来る連中のせいで現在も高給取りの地位は失われていない。
唯一何があっても給与の多い特権階級と言うそれがあるとすれば産婦人科医だったが、それこそがこの町の究極の生命維持装置であり、男性を否定する根源である事を誰もが知っているから特に文句を言う事はない。
そして薄給なのは、女性が求める仕事。やりたがる人間の多い仕事だった。
そう、この管制塔の防衛システムの担当は、紛れもない超エリートであると同時に、超買い手市場だったのだ。




