最前線の二人
第二部開始です。
「あ」
その一文字と指一本の動きと共に、ひとつの命が失われる。
これが、権力であり武力だった。
「またオスドリですか」
「徹底した処置を施さねばならないからね」
目を輝かせながら胸を反らすボタンの押し主に、膀胱の中身を空にして戻って来たばかりの女性は畏敬の念を込めた視線を送る。
押し主の彼女が放った、「不法侵入者」は人畜問わず許さないと言う強い意志を籠めた一撃。
一部では神の鉄槌とも呼ばれているその一撃により、毎日単位で生き物が命を落としている。
「そう言えば神林さん、あなたの妹って」
「はい、傘下企業にて活動しています」
「そうだったわね」
座り込んだ神林の妹は管制塔傘下企業の清掃会社に所属し、主に町内の清掃を行っている。基本的に清掃員は富裕層の仕事だが、当然ながら管制塔傘下企業のその会社はさらなる富裕層だった。
中でも彼女が所属する企業は町内に落下及び侵入したゴミを回収する作業が主であり、文字通りのエリート中のエリート部署だった。
「でも藤森さん、最近少し動きが悪いんじゃ」
「私は元気よ。まだ交代まで何時間あると思ってるの?」
そのエリート姉妹の姉に適当に声をかけながら、藤森はまたボタンを押す。
それと共にまたオスドリがバリアに触れ、電磁波に焼かれて命を落とす。
先ほどはスズメだったが、今度はカラスだった。
「しかしすごいですよね、改めて。最近じゃオスメスを体温だけで見分けられるんですから」
「……」
雑談と言うほどでもないはずの雑談にも耳を傾けない藤森に対し、神林はあきらめたかのようにディスプレイに目をやる。
いわゆる魚群探知機のように広がるモニタには、青と黄色と赤の点が漂っている。青は安全、黄色は不明、赤は危険と言う一般的な色分け通りの意味であり、言うまでもなく青はメスで赤はオスである。
「あなた…黄色に甘くない?」
そして黄色は性別不明だ。
そんな黄色を容赦なく討ち落とすのが藤森であり、他に赤がいれば二の次にしてしまうのが神林だった。上司からの命令はほとんどなく個人の裁量に任されているこの現場にて、二人のやり方はあまりに対照的だった。いくら管制塔の頂点に近い部位の人間とは言え、どうしても生身の頭を持った人間である。個人差はできてしまう。
「あなたはこの町を愛してる?」
「当然ですよ」
「そうよね、その言葉を聞けて安心したわ。町への愛がないと、ね」
町への愛。確かに必要なシロモノだった。ましてや管制塔勤め、それも前線防衛とも言うべき役職ならなおさらだった。
文字通りの最前線。物理的な壁のない代わりに作られた強力な防衛ラインを守る役目。そこが破られれば即座に崩れてしまうのをこの町の誰もが知っている。
「私たちはね、この町を守るためにここにいるの。いつ何時毒牙が迫って来るかわからないんだから、その事を決して忘れちゃ駄目」
また、藤森はボタンを押す。もしモニタの向こうに人がいたらそれだけで射殺せそうなほどの視線を向ける彼女の手により、性別を判断される事もなく命が失われる。その度に吐息が荒くなり、逆に藤森の口元は緩む。
時は既に深夜。
管制塔の外の明かりはまばらであり、逆に未だにこうこうとしている管制塔の存在感はより一層際立っていた。いくら夜勤であり見慣れた光景とは言え、そんな場所で仕事をするのは楽ではない。
「すみません、ちょっと……」
「何、また飲むの?」
そんな中で張り詰めた作業をしていれば、精神的にも肉体的にも打撃を受けるのは当たり前だった。もちろん朝でも昼でも夕方でも辛い仕事は辛いのは同じだが、元来人間と言うのは日が沈むと眠り日が上がると起きて狩りに行く生き物であった以上どうしても主要活動時間は昼間であり夜には思うように動けない。その深夜の前線労働の打撃を補うために、冷蔵庫には栄養ドリンクがぎっしりと詰まっている。もちろん別の部の職員も愛用しているが、それ以上に深夜労働で多く消費されていた。
その栄養ドリンクを神林が取りに行く中、藤森はまったく手を付けようとしない。
「カフェインの過剰摂取は体に毒よ」
「でも正直藤森さんってよく平気ですよね」
「私はね、私たちは守る義務があるのよ。それが大事な仕事だから。それにあと三時間ほど頑張れば休めるじゃない」
裏表のない言葉が、神林の心をなぶる。
全く悪気のない事が誰の耳にもわかるほど、すがすがしい声。
どんなに目つきが険しくなっても、どんなに深刻な話をしていても、全く変わらない裏表のない声。
それが、藤森と言う人間を現す最大の個性だった。
「藤森さんならいると思いますけど」
「何が?」
「今度いい人探しますから」
「興味がないわね」
藤森には神林と同じく母たちはいるが伴侶はなく、娘もいない。
そんな彼女が仕事に夢中になるのはなぜか。
伴侶や娘の代わりに仕事を求めたのかと言う問いに対し、藤森はいつも無言でうなずく。こんな風に多弁になった事はなく、はっきりとした拒否の意を示す事もなかった。
いくらその気になれば古希でも傘寿でも出産できるとは言えあまりに悠長すぎはしないかと言う指摘もあったが、同時に別の事を心配している人間もいた。
————————————————————お金がない、と言う。




