気持ちいい事
外伝最終話です。
目の下に隈を浮かべたその女性は、まだこの町に来て三ヶ月だと言う。
「仕事中に電話なんかしてしまって申し訳ございません……」
「いえいえ、お気になさらず……」
深く頭を下げると、昼休みだったからと言って丁寧に頭を下げ返してくれた。
すでに夕暮れ、他に適当な店もないのでファストフード店でハンバーガーをつまみながらジュースを飲む。
「この町の生活ってのはどうなんですか」
「まだ三ヶ月なので総括できるとは思いません。でももしあなたが今の生活が辛いと思っているのなら、来ない方がいいと思います」
「それは……」
「この町は、駆け込み寺でも最後の切り札でも何でもないです。あくまでも、本当に女性だけの町に過ぎないんです。女性しかいないだけの」
「女性だけの町」ではなく、「女性しかいないだけの町」。
「でも暴力沙汰はないと」
「ありません。しかし犯罪はゼロにはなりませんし、それ以上に男性的要素の濃い町です」
男性的要素。確かにその通りだ。
彼女は建築会社の事務員だと言うが、現場作業員に比べると給料はかなり安いらしい。力仕事はそれこそ古来より男の役目であり、それが務まる女は希少種だと言う事だろう。そしてその腕力を持った希少種が幅を利かせる姿と来たらなるほど男性的だ。
「その分暴力を行使した人間には容赦がありません」
それに、暴力を働いた人間に対する処罰はかなり厳格だと言う。
「もちろんついうっかり触れてしまったとかならば問題はありません。ですが暴力を振るうために振るった場合、それこそ小学生でも刑務所に入るそうで」
「そんな!」
「実際その少女は文字通り暴力のための暴力を振るい、被害者の頬骨を折り衣服を破ったとの事で」
子どもの喧嘩と言うには怪我が重すぎる気もするが、それでも家族を含め誰も抵抗しなかったらしい。そう言えばここに来た次の日の朝のニュースで、見た事もない「教育評論家」が深刻な顔をしていると思ったらその事だったのだろうか。
「暴力は言うまでもなく悪です。そして物理的なそれは男性的な悪であり、ゆえに最も深き悪であるとされているようです」
「男性的な悪、ですか」
「そうです。そして、同じぐらい女性的な悪にも重たい扱いをされています」
女性的な悪。
「なかまはずれはぜったいダメ!」
「こまってるこにはすぐこえをかけよう!」
「みんなちがってみんないい!」
の三条の反対だとすれば「仲間外れにする」「弱者を見捨てる」「相手の個性を認めない」と言った所か。
「確かに女性はすぐグループを作るのはいいとしても、誰かを仲間外れにしたがる傾向があるのは否定できません。私もこの町に来て移住者の皆さんとグループを作ろうとしたんですがなかなかうまく行かなくて」
「男に女はうんたらかんたらと言わせないためなんでしょうね。大戦って呼ばれるのもわかる気がします」
書店で絵本と一緒に購入した歴史の教科書に載っている、第一次・第二次・第三次大戦と言う重苦しい言葉。
私たち外の人間が崇高なる使命を理解できず、創始者たちに開拓を決意させた第一次大戦の「敗戦」。
失望と反骨心を糧に、海以外目ぼしい資源もないまま荒野同然の地を開拓した第二次大戦とその「戦勝」。
そして急進派によるテロ事件が巻き起こした第三次大戦。
文字通りの波乱に満ちた歴史だった。
「それでもこの町は親切です。私にも不安と怒りを解消してくれる場を提供してくれるのですから」
この町に少し疲れた風情だった女性から受け取った地図を頼りに、私は町外れへと向かった。金槌の音が鳴り響く、どこか薄汚れた路地。だが女性たち自らの手により築かれたアスファルトが心地いい。
そのアスファルトを見下ろすのはマンションと言うにはやや低層階なビルの狭間に、地下への階段があった。いかにも怪しげな、本来ならば立ち入る気も起きなさそうな場所に、私はいつの間にか吸い込まれていた。
「お客さん、もしかして旅人さん?ってかここがどんな場所か知らずに来たわけ?まあいいけどさ」
値段がすぐわかるようなスーツを着た店員に少し気分を害したが、わざわざ口にする必要もない。話を聞けばここは主に旅行者や新参の人間たちに人気のアミューズメント施設であり、経営は決して悪くないらしい。まったく、商売と言うのもいろいろある物だ。
私は料金を支払い、ガラス戸を開けてやけに曲がりくねった道を進んだ。
やがてたどり着いた所にいた別の職員からボクシンググローブを渡された私の目の前はやけに濃い緑色に覆われており、まるで野球の練習場のようだ。
そしてそこに、もう一人女がいた。
あまりにも扇情的な装束の女。手には薙刀でも持って、こっちを脅かす気だろうか。
——————————いや!
「これは…!」
そう、間違いなくあのファミレス、いや私の仕事場にしゃしゃり出て来た女!
「どうしてここに!」
「こんな下品な女、私らでは思いつきませんよ。外の世界で安く仕入れてるんです。こういう事をするためにね」
ははぁ、ひゃー、ふーむ、へぇー、ほほぉ……なるほど、よーくわかった。
「思う存分やっていいんですね」
「どうぞ」
私は、二つの拳を全力で動かした。
なぜ目の前にわざわざ現れるのだ。
邪魔をするな。
そうやって搾取者にでもなったつもりか。
単純に不愉快だ。
ありとあらゆる感情をぶつけた。
「いいこと……二度と私の前に現れるんじゃないわよ……!!」
やがて十分も殴ると女は文字通りの瀕死の重傷になり、すっかり生きる気力を失った目をしている。
快感だった。本当に快感だった。
だが所詮、この町を出ればまた会う事になってしまうだろう、しかも五体満足で。
その事に気づいた私の心は、既に定まっていた。
第六章までの登場人物もよろしく。




