「高給取りたち」
翌朝、昨日と同じ書店で私は求人情報誌を買った。
この町に就職しようかと言う気持ちが薄れていない訳ではないが、それでもこの町を知りたいと言う気持ちはなくならなかった。
折り目正しくお金を払い人様の邪魔にならないように脇道に隠れた私は、情報誌をめくった。
……明らかに、第二次産業の方が給料が高い。
建築業に水道工事、道路工事などが頭の方に載っている。ウェイトレスやら店員やらと言った産業は給料が安い。
他に高給取りと言うべき職種を見ると、ゴミ掃除やらトイレ掃除やらだった。第一次産業の求人もあるが、ほとんどの第三次産業よりも給料が良い。いわゆる下請け工場でも結構な収入があるようだ。
「女性だけの町」と言う事は、当然だが働き手も女性しかいないと言う事でもある。もちろん女性たちには自由に仕事を選ぶ権利があるが、それゆえにどうしても集まりやすい仕事と集まりにくい仕事がある。だがその集まりにくい仕事も存在しなければ町は成り立たない。
そんな仕事に人を集めるのに必要なのは何か。
—————その答えは結局、「金」なのだろう。
いわゆるやりがい搾取。
そんな言葉を何度も何度も見て来た。自分の職場がそうでないのかと思い、必死に仕事に励みながらもどこか不安にさいなまれていた。
ようやく安心できたのは入社して五年で係長になれてからであり、確信できたのは世間の他の会社の給与と休みその他の待遇を知ってからだった。ただいくら休みのないブラック企業でも、給与によっては先刻承知とばかりに集まって来る人間はいた。それもまた現実なのだ。
自分だって、今更農業や工業を本気でやる気もない。第一そのスキルもないし、まず意欲もない。そんなのが入っただけで邪魔くさいだけだろう。
人間誰だって、金は欲しい。
親としても、金の稼げる職業に就かせたい。
優しくて、思いやりがあって、それでいてたくましくてとか言うが、結局はそのような人間を追い求める世間様のお眼鏡にかなうのが最重要事項であり、正しい仕組みとして存在していた。高給取りと人格者がまったくイコールでない事例は挙げればきりがないが、それでも世のタテマエとしてはそういう物だ。
それだけに、高所得者と言うのは権力者と並んで町の顔となる。就職情報誌などを見る限り、高所得者と言えるのは第二次産業の従事者とこの町を仕切る誠心治安管理社と言う大企業の社員らしい。
「観光客の方ですか?」
私はその誠心治安管理社の本社ビル同然だと言う「管制塔」は私が知っているどの塔よりも雄大であり、かつ整然としていた。部外者立ち入り禁止のエリアありと言う事で見学者専用のルートをたどる事しかできなかったが、ビジネスウーマンから料理人、清掃の人までみな生き生きとした顔をしている。
この中で清掃員が一番高い給料を得ているのかもしれないと思うと少し複雑だったが、それでも実にきれいなオフィスであり文字通り理想の環境だった。聞けば就職倍率は常に二ケタであり、文字通りのスーパーエリートの集団だ。
「本当に落ち着いていますね」
「それが私たちの仕事ですので」
飛び入りの観光客にも動じる事なく、整然と仕事を続ける。誰も文句を言う事もなく、仕事に全集中している。本当に素晴らしい。
やがて応接室に通された私に対し、彼女はコーヒーを注いでくれた。
セールストークかもしれないが観光客と言う名の闖入者にすら優しい。こんな人間こそ、富を得て良き暮らしをすべきだろう。
「素晴らしいオフィスですね」
「ただ問題もあります。いわゆる教育格差です」
「教育格差?」
「ここ数年、応募者の母親たちが富裕層ばかりになっているのです。いわゆる二世職員に、議員の娘、産婦人科医の娘、かく言う私もゴミ処理業者と大工の両親を持つんですが……」
職員の女性はため息を吐きながら自分のコーヒーをすする。
二世はわかる。町議会議員や産婦人科医もわかる。
だが、やはりそういう職業が富裕層になってしまうのか。
決して、肉体労働を蔑む気はない———————————————されど。
「ご両親はその、貯金とか」
「もちろんしてましたけど、二人ともかなりのお酒好きで。仕事のない日の前の日はいわゆる朝帰りも珍しくなく、家でもよく飲んでいて勉強を教えてくれたのは祖母たちでした。今でも二人は仕事をしながらも実家で毎日酒を呑んでいるようです、仲良し婦婦なのもいいですけどね。私は独身で、パートナーを迎えるべく交際相手を探しています」
文字通りの酒浸り。仲良し婦婦なのはいいが、それでも財産を吞み潰すような人間が富裕層なのかと思うと、正直不安が込み上げて来る。
「私は極力出費を控えていますが、そういう店の食事は往々にして安く量が多くバランスがいいのです。そのためだけに入りたいのですがなかなかままならず、密かに酒も飲まず食事をとっているとほぼ間違いなく母親たちに近似した存在が入って来てはアルコール臭を振りまきます。私が無視していると確実に酒を強要しNOと言うとこの世の終わりのような顔をされる事もあり、一度私のせいで十人以上の客が全員出て行ってしまった事もあります。まあ理由は先に述べた通りですが」
話によるとある日いつも通り居酒屋に入って肉じゃがを食べていた際、後から入って来た客に酒を強引に勧められ、それを断ったゆえに業者の人間全員がまともに注文もしないで帰ってしまった事があったらしい。それこそ「みんな違ってみんないい」と言う原則相応の行いをした訳だが、それを振りかざせるのは何も彼女だけではない。
「困っている存在には声をかけよ……」
「そうです。私がとてもうら寂しい存在であると決めつけ、まったく親切心をもって誘ったのです。その善意を踏みにじる事など、たやすくできませんでした……」
ひとりぼっちで無言で料理をむさぼるだけの寂しい女。そんな風に思われていた彼女と言う弱者を守ろうとした業者たちなりの、愛の手。その愛の手を要らないと言って振り払おうとしても奢るからと言って迫って来る業者たちについカッとなって吠えてしまった結果、興ざめの烙印を押されてしまったらしい。
「あの後はもう文字通りの平謝りの連続でした。私自身、お酒は弱くないし仕事は終わっていたので一杯ぐらいはと今になって思うんですがとにかくあの時はもう意地になってしまっていて」
同じ富裕層のはずの両者の、あまりにも好対照な振る舞い。
何より居酒屋と言う、実に野暮ったく男くさい場所にて行われたすべて。
「これはプライベートですが」
その現実を知らされて暗澹たる気持ちになっていた私に、彼女は一枚のメモを差し出した。
———————————————この町に移住した、女性の電話番号を。




