善悪の酒
今回は第二章からゲスト登場?
「私も経験はあります」
夜、私は書店員の人と一緒にバーに入った。
客は私と彼女だけ。
黒い壁に渋い茶色の机。薄暗い明かりがかえって心地がいい。そこで私が出会った女性の話をすると、店員さんも体験について話してくれた。
「私の初めての時はまだ中二でしたが、それこそパンティ一枚にされ体中を揉みしだかれました。さらに局部にまで手をかけられ、それでようやく落ち着いたと判定されたんです」
「あらまあ……」
「でもそれからすっかり気持ちが良くなりこれまでの頭痛も腹痛も何もなくなってしまったので別にいいんですが、それでもこの思い出はいい思い出としては残っていません」
それから先も幾度も通っては同じような処置を受け、今でも二月か三月に一度は「自己逮捕」されているらしい。
「でも今の私はその瞬間を楽しみにしている所もあります。そうやって触れている事に自分がいかに恵まれているか実感できるから。行政と言う、いい意味で無機質な存在により自分がこんな過酷な病を克服できている時点で特権だと思っています」
なるほど、そういう見方もあるか。って言うかその方が正しいな。ちなみにその料金は無料だと言う。本当に親切な話だ。
「私もこの前自己逮捕されました。それで店空けて戻って来たら、側にあったバーが潰れてまして……過当競争なのはわかってましたけど、ライバルながらいい店だと思ったんですけどね……」
マスターもため息を吐きながら話に加わってくれた。こんなきれいなバーで、女どうし気を許し合って飲めるのならばお酒もおいしくなる。会社の飲み会とか言って誘われるそれで出されるそれとは物からして違う。
だいたいがこのグラス一杯でジョッキ一杯の数倍もするようなそれだから味が違うのはしょうがないが、それでもなんであんなまずい酒を飲まなければならないのか。一応課長だからその権限で飲み会の廃止ぐらいする気でいるが、お約束か何か知らないが他の課や会社が行っているためなかなか自分の所だけとはなれない。無駄もいい所だというのに、店がつぶれるのがそんなに悪いのか。
「あらまあ……それはそれは…………」
そして、事もあろうに妬いていると言われたのは心外の極みだった。
ある時の飲み会の中止を提案した際に意外と乗り気でなかった社員が多いのに拍子抜けした私だったが、その際に初めて女性社員とその居酒屋の店員がかなり接近している事を知らされた。私は全く気付かなかったのだが、それに本気で驚いたせいで私は今課内で余計に孤立している。もし「それならプライベートで利用しなさい」とか口にできていたら、私は完全に立場を失っていただろう。
「私は親友のことを今でも思っています。しかしそういう事を知っていてなお飛び込むような行いはいわゆる自殺志願者のそれであって、できる事ならば今からでも乗り込んで助けてあげたいと思っています」
こんなに真摯に思ってくれる友人に袖を引きちぎらせてまで何がしたいのだろうか。まったく、本当に、本当に、気の毒だ。私が自分の財布を開いて酒代を渡すと、彼女は無言で押し返して自分の財布を開いた。どうしてこんな立派な人間が苦労しなければならないのだろうか。わかっていたが世の中は理不尽だ。
理不尽と言えば、このバーもだ。確かに店が増え過ぎれば潰れる所が出るのはしょうがないが、この店も現状では正直いい見通しがないと言う。このテーブルやグラスなども潰れたバーからの引き取り品らしい。
そして、書店員の人と別れその店のあった方へと向かった私は、一瞬視界と聴覚を失った。
「ヒャーッハッハッハッハッハ!」
確かにもう酒を飲むような時間帯だからネオンが輝いているのはいいとしても、ほんの少し前まで静かなバーだったとは思えないほどのカンカン照りの照明と、その下の階段から漏れ聞こえる下品な笑い声。
紛れもなく女の声のはずだが、それにしてはやけに太くて威圧感のある、めちゃくちゃ粗野な声。品と言う物が全くなく、ただの飲み会よりもずっと悪質だった。
しょうがなく目をやってみると、案の定居酒屋だった。居酒屋が悪いとは一言も言わないが、こんなパッと見おしゃれな大都会の真ん中に居酒屋などおっ建てて風営法とかないのだろうか。
とてつもなくひどい言い草だがこれこそ第二次産業、と言うか土方とでも言うべき存在のたまり場そのものだ。そう言えば建築中のビルがあった気もするが、そこで稼いだ金をまともに蓄えもせずに飲み明かしているのかと思うと寒気がする。まったく、何が悲しくてこんな女だけの町で暮らしておきながら酔っ払いたちを出迎えなければならないのか。
「いいんですか薫さん薫子ちゃんの事」
「静香が飲んで来いって言ってるから来てるだけだよー、あたしもたまにはパーッと行きたいんだよパーッと!」
「でも薫さんって普段からビール二杯行くぐらいには酒飲みでしょ」
「ああそうだっけ、そんな事はいいじゃねえかよ、まあ楽しくやろうぜ!」
……ああ、生理でもないのに頭が痛い。つい気に逸って飲み過ぎた私は馬鹿だ……。




