三大欲求とか言うけど
絵本をカバンに詰め込みながら店を出た私は、嬉しさと悲しさでいっぱいだった。
(そりゃ新しい事に挑戦したいのはわからないでもないけど、どうしてわかっているはずなのにそんな事を……)
書店員の女性は、私が旅行者だと名乗るや昔の友人の事を話してくれた。
彼女の友人はこの町の治安を守る組織の一員としてふさわしい人物であり立派なエリートだと思っていたのにある日から連絡が取れなくなり、やっと連絡が入って来た時にはこの町を出て行く前日だったと言う。別れの挨拶もまともにできないままの裏切り行為に、彼女の憤りは半端ではなかったらしい。
この町の外に住む「男」たちは皆性欲に支配され、次元の関係なく女ばかり追いかけている、正確に言えば自分の快楽の対象物ばかり求めている。
そんな存在の慰み物にされ続ける運命に嫌気が差したからこそ、この町が作られたはずだった。だと言うのに、安息の地を求める人間と同じぐらい安息の地を飛び出す人間も多いらしい。
人の事を考えずに自分の希望に任せて生きるだなんて、それこそ身勝手極まるお話だ。冒険するなとは言わないにせよ、あまりにも無責任すぎる。その女性とあと幾日かの滞在中にバーで飲み明かす約束を取り付けた。話が弾みそうだ。
そんな訳でもっと他の場所をめぐろうとしていると、足取りのおかしい女性を見かけた。
「大丈夫ですか」
私が声をかけると、女性はわずかに吐息を漏らしながら振り向いてくれた。
顔は真っ赤で、明らかに熱っぽい。風邪か。
「あの、よろしければ病院まで付き添いますけど」
「ありがとう、ございます……」
女性はなおさら顔を赤くして私を見つめてくれた。私の右肩に抱えられた女性は思った以上に軽く、そして持ち物からして派手派手しさがなく清楚だった。
何より自分が旅行者と言う名のよそ者である事を知ってなお、まったく疑う事なく純粋な目をしている。
本当に美しい「女」だった。
「それで病院は」
「いえ、警察です」
「警察?」
「私、これから逮捕されるんです」
逮捕と言う単語に目をむきもしたが、それでも手を引かずにいられなかった。いったい何の罪を犯したと言うのか、他人の事情に首を突っ込むのも野暮だとは思ったが、それ以上に好奇心が勝っていた。
道々行く間に彼女が二十一歳である事、現在はトラックドライバーになるために自動車教習を受けている最中である事、両親が共にゴミ回収業者である事を話してくれた。
「私は二十一年と三日前、両親の期待を受けて生まれました。産婦人科で一日ほど眠っていた私を両親が迎えてくれたのです」
そして出生の秘密も話してくれた。
なんでも産婦人科にてあらかじめ選ばれた六五六京分の一の番号から選ばれて来た彼女はとても幸せな生活をして来たと言う。
下の妹は十八歳で現在高校三年生、さらに下に五歳の幼稚園児もいるらしい。少子化とも無縁で本当にうらやましい事だ。
「しかし、それなのになんで逮捕されなきゃ」
「自ら逮捕されに行くんです」
「え?まさか」
「どうしても体の火照りが治らず、体が重くてだるくて、仕事も休まねばならなくて……家族からも会社からも逮捕されるように言われたんです」
そこまでの人間がなぜと思っていると、思い当たる節のある話が出て来た。
さらに
「その前には頭痛がひどくてさらにおなかが痛くなり、吐き気までしたんです。その時は薬で治まるんですがその次にこういう症状が来るんです」
とまで言われた。
完全な生理痛、いやある種の発情状態だ。
人間ってのは一年ずーっと発情状態とか言うが、それでも正直発情状態の生き物を見聞きするのは忌々しい。男もだが、女だってあからさまに性の対象である男を引き付けるための振る舞いをする様は理性と言う単語から全く遠い野蛮な姿であり、本当にいけ好かない。どうしてもと言うんならばそれが必要な場所か人目に付かない場所でやってもらいたい。
「そちらの方は……」
「旅行者です。たまたまこちらの方が大変な事になっていたので」
警察署にたどり着いた彼女は文字通り「逮捕」され、一日ほど警察署に滞在する事となった。
「彼女はどうなるんでしょうか」
旅行者として彼女に執行される「刑」の事を聞いたが、お巡りさんは首を横に振って口をつぐんだ。それでも私が強引に求めようとすると、お巡りさんもさっきの彼女と同じぐらい顔を赤くしながら話してくれた。
なんでも、「執行官」の手により半裸にされ各所に刺激を与えられるらしい。
おそらくは私の知る、いかがわしいサービスとそんなに変わらないかもしれない行いをされるのだろう。
なるほど、確かに「刑罰」だ。
「このための休みは公式に認められ、さらにこの執行を行えるのは警察だけです」
そしてそのための手段を警察と言う名の公共機関が独占している。
なるほど、見事な物だ。
残念ながら、私にも性欲はある。
三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲とか言うが、食欲と睡眠欲は肉体の維持からして仕方がない。しかし性欲もなしに人間は生きられないのだろうか。
よくさかしらな男は本当に性欲がなくなればおしゃれも何もなくなってしまうと言うが、何も求めない男のためにそんな物をひけらかす必要もないと言うのに。私はあくまでも自分のために着飾る。それの一体何が悪いと言うのか。
女はいつも、男の過剰な性欲に辟易していると言うのにちっともわかろうとしない。
ほんの少し、ほんの少しだけこちらに配慮すればいいのに。こちらがいつ、男に対して性欲を過剰に見せつけたと言うのか。
……ああ、いるな。いつも性欲を派手に見せつけている連中が。
お巡りさんの話によれば「執行官」は相手に刑を執行するために、かなり扇情的な装束を身にまとっているらしい。真っ赤なドレスに派手派手しい金髪にアクセサリー、どこの夜の女だ。そしてそんなのが外の世界にはあふれているかと思うと、本当腹立たしい。




