「わるいウサギとわるいネズミとわるいネコのお話」
私はその日、あちこちの住宅街を回った。
最高級のタワーマンションから一般的なマンションにアパート、それから戸建てまで。
皆、外観は全く同じ。それから表札も同じ。これらがすべて、女の手により作られていたかと思うと感慨深くなる。この世界に、男の存在は要らない。その力に飽かせてこちらを襲うような存在は要らない。
そんな事を考えながら車を飛ばしていると、いつの間にか日が暮れた。私は適当なレストランに入り、スパゲッティとサラダを注文した。ペペロンチーノとグリーンサラダと、好物だったキウイフルーツのジュースを頼もうとしたがキウイはなく、代わりにオレンジにした。と言うか、キウイと言った途端に首を傾げられたことからしてこの町にはそんな物は存在しないらしい。まあ、いろいろな違いがあるんだろう。
とにかく食事を終えホテルへと向かった私は、半ば飛び込みのように宿を確保した。風呂トイレ同部屋など価格相応に安っぽくあるが、それでも疲れを癒すには十分だった。
私の部屋は五階だ。窓の下には照明が輝き、夜を彩っている。見れば、黄色い帽子をかぶった女の子がいた。小学生だろうか。ずいぶんと遅くまでと思ったが、時計を見るとまだ六時十分でしかない。それなれば仕方がないかと思うと共に、そんな年齢の子どもが一人きりで歩けるのが嬉しかった。もちろん迷子と言う問題はあるが、それでも変質者と言う存在がいない事が何よりも安心だった。
ホテルの中には、本棚が置いてある。大人向けのガイドブックや町の歴史書の他に、子ども向けの絵本もあった。こんなビジネスホテルに子ども向けの絵本と思わなかった訳でもないが、子どもへの教育に熱心な事に感心もした。
「わるいウサギとわるいネズミとわるいネコのお話」
それで私はそんなタイトルの絵本を私は手に取った。見た所主人公は三篇ともよくわからない恐竜のような生物であり、最初に出て来た悪役はウサギだった。
「ウサギさんはコモドドラゴンのドドラちゃんをいつもおきざりにしていました。「あー、まってよー」「やだよ、はやいものがちだからー」」
コモドドラゴンと言う生物のキャラクターらしいドドラちゃん。デザインについては良くも悪くも子ども向けであり、造形からして無難なそれだった。一方でウサギは妙に野性的で、動物より動物らしく見える。もちろん嫌いではない。
「ウサギはドドラちゃんのことをいつもバカにしています。ドドラちゃんはほかのこたちとちがってからだにウロコがあります。ウサギはいつもそんなドドラちゃんのわるくちをいっています。」
やけに野性的なウサギが、いろんな生き物に向けてドドラちゃんの悪口を言っている。
鹿とか、犬とか、カンガルーとか、イルカとか。
まあよくもあっちこっちに言えるもんだなってぐらい、ある種の才能を感じる。
「「ねえウサギさん、どうしてドドラちゃんのことわるくいうの?」そのシカさんのしつもんに「だってぼくらとちがうんだもん、ほかになんかあるの?」ウサギさんはそうこたえました。「でもわたしだってウサギさんみたいにめはあかくないけど」シカさんにそういわれたウサギさんでしたがものすごくつまらなそうなかおでをしてはしっていってしまいました。」
心底から不思議そうな表情をしたウサギが、野原をかけている。そしてそのまま、ぴょんぴょんと走っていたウサギの横を、ゆっくりとドドラちゃんが歩いている。
「「いたっ。」あらたいへん、ウサギさんはいしにつまずいてたおれてしまいました。
そんなウサギさんを、ドドラちゃんはおこそうとします。」
ああなるほど、これで…………
「でもウサギさんは「きみのようなのろまにたすけてもらいたくないよ。」とドドラちゃんのおたすけをことわってしまったのです。」
ええ?助けてもらって仲良くなる話じゃないのかと思ってページをめくると、
「じぶんでなんとかするとおもってひっしにウサギさんはあしをうごかしますが、どうやらほねがおれてしまったようでちっともうごけません。
そしてたくさんのどうぶつがやってきますけど、だれもたすけてくれません。」
おいおいと思いながらさらにページをめくると、
「よる、しんぱいになったドドラちゃんがウサギさんのところへいくと、ウサギさんはすごくきれいなかおでねていました。ドドラちゃんはウサギさんをかかえてじぶんのいえのベッドにねかせました。
そしてそれっきり、ウサギさんはにどとおきませんでした。」
……なんだこれは。かなり過激じゃないか。確かに他人を馬鹿にするのは良くない事だが、ここまで極端な結末になるとは。
私は怖い物見たさで残り二話も読んだが、展開としてはあまり変わらない。穏やかな絵本らしい絵で間違いを犯したネズミと猫が命を落として行くと言うストーリーが淡々と柔らかい文章で描かれ、二人に馬鹿にされていたドドラちゃん以外誰も心配してくれないまま終わると言うどちらかというと大人向けっぽい絵本だ。
そして二十分ほどかけて読み切り、さらにもう一回表紙を見た私は、怖いと言うより素直に感心した。
「保護者の方へ
1:仲間はずれにしては絶対にダメ。気に入らない人がいても仲良くしよう。
2:困っている人にはすぐに声をかけよう。そうしないと困っていても助けてくれないから。
3:みんな違ってみんないい。相手のいい所を認めよう。
この絵本はこの3つのルールを守るために著者が記しました。」
最後の方に書かれているその分を見たうえで読み返すと、作者がいかにこんなやわらかい絵柄でルールを犯す事の恐ろしさを伝えようとしているかわかる気がする。
何を伝えるかなど、別に華美な女を出さなくてもいい。動物がいればいいのではないか。本当、いい本に出合ったものだ。
翌日、さっそく書店に行きその絵本を買ったのは言うまでもない。




