醜悪な存在
外伝は一人称視点です。
私は、許せなかった。
正しくは、絶望していたと言うべきかもしれない。
この国の、全ての人間に。
私は、自分で言うのも何だが地位も名誉もそれなりに得たと思う。
この社会に飛び込んで十幾年、必死に労働を続けてきた。
「課長」
そんな肩書を得る程度にはビジネススキルも得たし、偉くもなれた。
だが、だからこそ不愉快な事も増えた。
「上層部はもっと数字出せるだろって言うんですけど、昨今のご時世じゃ……」
そんな部下の悩みを聞かされる事もしばしばだった。中間管理職と言う存在からして仕方がないのかもしれないが、それでも正直不愉快だった。
――ご時世ご時世って、そんな事言う前になんとかしろ。
……そう言えればどんなに幸せか。パワハラと呼ばれて地位を失うだけだろう。でも実際、上司としては言わなければならない。
中でも問題なのは、あの女だ。
「おはよーございます!」
まともに頭も下げず、まるで同僚のように挨拶をして来る二年目の社員。同じスーツのはずなのにやけに派手派手しく着こなし、まるで水商売のように濃い化粧をしている。
しかも、男たちはそんな仕事のできない女性に対して甘い。
「彼女はまだ新人同然なんだから」
同期も、一・二年の先達も、年ばかり重ねた肌色の増えた人間も。
みんな、彼女を甘やかした。さらに言えば、派遣や契約社員も彼女をもてはやし、あれこれと教えていた。自分の時は、そんな事などされなかったのに。
「どうしたんです課長」
「ちょっと言いたいんだけど……」
真っ当な社会人にするために、どうしても注意しなければならない。だからある日、彼女を呼びつけてやった。あくまでも、彼女個人の問題として、だ。
「何やってるの!」
そのはずなのに、課内の手が一斉に止まってしまった。
そして全員恐怖と好奇の混じった眼で私を睨み、次の一言を待ち望んでいた。私が一言怒鳴ると再び仕事に向いてくれたが、完全にアウェイになってしまった私は一瞬気を失いそうになった。
それでもと思い直し、目力を上げにかかる。
「そんな扇情的な格好と分厚い化粧で、あなたは一体ここに何しに来てるんですか!」
「仕事です」
「仕事だったらもう少しそれらしい格好をしなさい!ここはいつからキャバクラになったんですか!」
これだけ言ってやったのに頭に?マークを浮かべている女の顔を見ると、ますます不愉快になって来る。
手によくわからない書類を持っているその姿と来たら本当に卑しい。どんな格好でも仕事できてればいいんですよねアピールだろうか、本当に忌々しい。
「だいたいその書類には何が書いてあるんですか!合コンの予定ですか!」
「なんか会社が大変だって言うから商品のコラボ先を考えたんですが」
「見せなさい!」
コラボ先とか言う言葉を使ってのアピール、ああ聞き苦しい。それだけで売れるんならば誰だって苦労しないと言うのに!
で、ひったくった書類を見ると、いきなり胃が悪くなった。
ピンク色の髪の毛に、露出過多な女子。胸は奇形と思うほどに大きく、足も体重を支え切れなさそうなほどに細い。挙句目がやたら大きく、これに合うコンタクトレンズはそれこそ特注品しかないだろう。
「これは何なんですか!」
「最近話題になっている「マジカル☆スター」」
―――そこまで聞いた段階で、私は書類もどきを破いてやった。
そしたらこの女、いきなり真っ青な顔になる。
「あのね、そんな安易なやり方で売れるならば誰も苦労しないの!簡単にコラボとか言うけどね、他社とのつながりを作るのがどれだけ大変だかわからないの!その気があるんならばまずはその相手先とのコンタクトを取って来なさい!」
「ですからその許可を」
「出せると思ってるんですか!まったくこんな実際に料理も作らないし掃除もできないような女にすがらなければならないほどわが社は危ないって言いたいわけ!?自分の会社をなめてるって言うの!?」
十幾年も勤務すれば、会社の程度はわかっている。確かに今私の課は少し思わしくない状況だが、それはただ好不調の波が当たったに過ぎない。
こんなやり方に頼らねばならないほど我が社が落ちぶれているなど、ふざけるのも大概にしてもらいたい。
……と、言うべきことを言ってやったらその女は本格的に涙目になり、老婆のように背中を丸めて自分のデスクに歩き出した。
これでせいぜい真っ当な企画を持ち込める真っ当な社員になってくれるだろうと得意満面になろうとしたら、男は憐憫の視線を向け、女は背中をさすり出した。
「へぇー、ほぉー、ふーん、はぁー……そんなにみんなあんなマジカルなんとかって美少女が好きなんだ、ひぇー驚いた驚いたぁー」
私がああそうですかと言わんばかりに嫌味交じりにハ行のため息をこぼしてやると、ようやくその手の行いは止まった。
そしてオフィスに平穏が到来し、私は仕事に集中できるようになった。
————そのはずだったのに。
昼間、ファミレスに行った私の視界に、女子高生のポスターが侵入した。
「キャンペーングッズ発売中!」
一応制服は着ているが右手に剣と言う名の殺傷武器を持った女子高生と、真っ黒なドレスを着た緑色の髪の女。
どうしてこんな事を始めたのだろうか。私が踵を返してコンビニに駆け込んだが、そこでも同類項たちが我こそはとばかりに鎮座している。そしてそれに構わずひょいひょいと入って行く連中を見るたびに、私は世の中に絶望できた。




