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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第六章 「追放」
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泉、この町を去る

第一部最終話です。少し長めなので注意。

「追放者の行く町……」


 二日目の夜、再び一人になった泉は自分用の分厚いテキストをめくる。


 末尾の方にある、数枚の写真。


「追放」された人間たちは受け入れ先である町へと向かい、そこで当地の男女と共に過ごす。当初は当地の女性たちの団体と触れ合いからゆっくりと慣らしていく方向で進んでいたが、いつの間にかその方向に変わっていた。

 もちろん泉はそのような事知る由もないが、それでも「男性」との暮らしに不安と期待を抱いていた。とりあえずはその町で数日滞在し、いずれどこかの料理店に勤める。それが泉の今の目標だった。

「十五か所の内どこへ行く事になるかは、全くの運です。」

 十五か所の仮受け入れ先のいずれかに行く。そこからその町に住みつくか、また別の町に行くかは自由。そして、いつまた生まれ故郷に戻るかも自由。

 

 ——————————だが、泉は戻って来た存在を知らない。

 外の世界に行ったと言う事で死んだ扱いされた人間からしてみれば、今更幽霊扱いされてまで戻りたくないと言う事かもしれない。

 実際、泉も「葬式」に出た事もあった。死体も何もない「葬式」に。

「怒りの気持ちはないって言ってたけど……」

 その葬式を行ったのは「追放された」女性の母親であり、数多のビルを作ってきた建築家の娘の裏切りとでも言うべき行いに腹を立てていたとしてもおかしくはなかった。泉の友人だった同業者が「喪主」にうかがいを立てた所、彼女は外の世界の恐ろしさを知っているから死んだも同じだとみなした結果だと泣きながら述べていた。ちなみにその母親はこの町生まれのこの町育ちの人間であり、娘と同業者で現在は管制塔傘下企業の社長であり、ほどなく町会議員選挙に乗り出す予定である。


 三日目の授業は、その町についての説明であった。

 昨日と同じようにグラフと数字まみれのデータが並べられ、新人に対する待遇なども述べられる。

「女性だから、そうやって優遇と言うより無駄に持ち上げられ落とされる事は極めて頻繁に起こります。女性だからと払いのけられるより、むしろ悪質な話です」

「……」

 お行儀のよい泉に対し、マンツーマン指導を行う職員はさらに熱弁を振るう。

「そしてむしろ、女性こそ厄介です。男性が生殖器によって動くように、女性もまた生殖器によって動く人間がいます。彼女らにとって良い雄を引き込むのは最重要事項であり、優秀な女性を自分の存在が脅かされるとして引きずり落とすのは日常茶飯事です」

「はぁ……」

「彼女たちもこの町に来ればそんな争いが無意味である事がわかってくれると思うのですが。あんな華美な服装も全ては性欲に引きずられているためなのです。なんとかして雄に気に入られたいと励む情けない姿…」

「でもそれは個性って言うんじゃないですか」

「失礼。個人個人のそれについて文句を言う気はありません。ただ、個人的にはどうしてもそういう衣装は好みではないと言うか……ああ大変申し訳ございません。とにかく、性欲と言うのはそれほどまでに恐ろしきバケモノなのです。そのバケモノとの戦いのためにこの町が作られたと私は考えています。人間に性欲がもしなければ、この世界は永遠に平和なはずです」


 ——————————性欲がもしなければ誰もおびえる事はない。


 職員の声が三日間の中で、一番重たく響いた。

「もちろん泥棒や強盗は犯罪です。

 しかし金品や現金は取り戻せます。

 一方で命や心の傷は取り戻しようがありません」

 金目当てで襲われたりしてもその金さえ渡せば終わる、もちろん罪は罪であり損は損だがまた稼げば金は手に入る。

 だが命を落とせば取り戻しようがない。そして性的打撃を受ける事は、人間としての尊厳を破壊され命を落とすのと同じほどの重大事。


 最初の一行は力強く、後の二行は沈み込むように。

 強く、目の前の人間に訴える。


「肝に銘じて……おき……ます」

「そうですか、あなたの未来に幸多からん事を……」


 泉が声を沈ませると、職員は誰にも見えないように口角を上げ、泉は五回ほど頭を縦に振った。







 そしてその日の正午過ぎ、泉は持ち出し禁止の分厚いテキストを職員に渡した。

「あなたには十日間の猶予期間が与えられました」

 分厚いテキストを受け取りながら、職員は淡々と述べた。

 その十日間の内に「追放」されるか、「残留」するか決めねばならない。文字通りの最後通牒であり、どっちも選ばない場合は「強制追放」となる。

 もっとも「強制追放」は「自己逮捕」と同じくさほど重大な話でもなく、適当にその日を待つ追放者も結構いた。

 そんな事を知らない泉が三日ぶりに家に戻ると、そこには四人の女性がいた。


「泉……」

「私はもう決めたから」

「お姉ちゃんは待ってるからね」

「母さんたちも、孫もね」


 二人の母親と、姉と、その娘。姉のパートナーは仕事で不在だったが、それでも見送りとしては十分だった。


「でも本当に、料理を極めたいの?」

「うん、そのつもり。相談しなかったのは悪いと思ってるけど」

「相談、ねえ。昔から泉って、料理人になりたいから高校行かないでいいってママたちに強引に頼み込んで、それで今までさ」

「で、成し遂げちゃうんだからね、結局はこうなっちゃうのかと思ってたよ」

「おばさん、がんばえー」

 母親たちも姉も姪も、自分たちなりに彼女を送り出そうとしていた。


「でも泉、私はあまり賛成してないんだよ」

「ママ」

 それでも、必死に袖を引こうとする女性はいた。

「私だって料理人になるのは全く反対しないよ。でもこの町だけじゃ足りないの」

「うん、足りないと思う。

 確かに、この町には何でもある。だけど……」


 死ぬまで過ごしても困らない程度には、この町は広大だった。

 海もあれば山もあり、仕事もあったし娯楽もあった。ごく当たり前ながら罪さえ犯さねば、一生を平穏無事に過ごす事ができた。


「それでも、私はもっと知りたいの」


 それでも一部の住民たちのもっと、もっとと言う気持ちが消える事はない。それこそが人間であるかと言うのを、証明するかのように。


「そう……私はもう止める事はしないよ。お別れかな、今日で」

「大丈夫だよ、私のレストランにも挨拶とか引継ぎとかあるからもう数日はいるよ」


 泉がこれからの予定を口にすると、ママと呼ばれた五十代半ばの女性は寂しさを込めてため息を吐き、深く頭を下げた。

 安堵なのか、失望なのか、落胆なのか、出した本人でさえもわからないため息。


 そのため息が消えると同時に、少しだけ空が明るくなった。光がなぜか泉に向けて照らされ、その顔を美人にした。




 それから数日の間に、泉はこの町を去る準備を固めた。


 職場からは退職、友人たちとの連絡、それにもちろん行政的な「追放」手続き。


 そしてその間にも必要な荷物をまとめる。

 基本的にそれほど大荷物にはならないが、それでも引っ越し業者のトラックが必要なぐらいにはなる。もっともこれは荷物の量と言うよりセキュリティ対策の面が大きく、実際には半分から三分の二ぐらいしか埋まらない。

 泉の場合一人暮らしだったから、それこそ半分行かなかった。ほとんどが多くもないワードローブと料理人に必要な道具と本、そしてそれらを入れるスーツケースと後は子どもの時からのお気に入りのドドラちゃん人形。それが全てだった。

「あの子もやっぱり可愛いよねえ」

「辛くなったらドドラちゃんがいるって事だろ」

 その事についていろんなメッセージが適当に投げ付けられた。

 各々が立場に関係なく言葉を口にし、外の世界への存在を見守る。それが、自分たちのなすべき行いだと信じている事は一致していた。


「じゃあ行きますよ」

「はい」


 そして追放申請から十日後、「最後通牒」から一週間後の朝、泉はトラックに先導されながらタクシーでこの町を出た。


 ゲートをくぐる時まで、多くの仲間たちに見送られながら——————————。

次回からは外伝です。

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