友人の言葉
一日目の講習を終えた泉は、寝室へと案内された。
普段暮らしていた部屋よりやや小ぶりなその寝室で、泉はテキストを読み返していた。
「この辺は違うのかな、いろいろと……」
泉はベッドに座りながら、ここに来る前の日友人にもらったテキストを読んでいた。
泉は決してぼっちではなく、友人はかなり多かった。中にはトラックドライバーもおり、その友人から講習についての話も聞いているつもりだった。
だがトラックドライバーなど外部と接触が必須な職業な人間についての講習は丸一日か長くても一泊二日であり、「追放者」が講習に三日かけられることを知る人間は誰もいなかった。
ベッド脇のテーブルには「持ち出し禁止」といかめしく裏表紙に書かれたテキストが横たわり、ベッドに座る泉とテキストを見上げている。講習用のテキストは全てが門外不出と言う事はなく、許可を得れば持ち出し・譲渡可能だった。
もちろん持ち出し不可なそれもあったが、実はそれも十九歳以上になれば書店で購入可能なシロモノでしかなかった。
「彼女たちにはとにかく安全第一を強調していたみたいだけど、私にはそんな事は聞かされなかった。このテキストには護身術が書いてあるけど、私のにはないわね……」
いくら暴力反対と言えど、やられたらやり返すは許されている。そのために付け焼き刃ではあるが護身術と言うか格闘技を習い、また普段使わないような防犯ベルを鳴らす講習も行う旨テキストには書かれていた。
だが泉のためのテキストには、そのような護身術については一文字も書かれていない。防犯ベルの使い方についての説明文もない。もちろん防犯ベルなど金があれば買えるが、この町でそれを使うのはよっぽどのVIPか用心深いを通り越した心配性の人間か、かなり年かさの人間だけだった。
「外の犯罪の数はこの町の数十倍、いや数百倍と言うけど。それでも凶悪事件は起きてる。あの時は相当な人が死んだはずなのに……」
泉は友人からもらったテキストを見ながらため息を吐いた。
この三十年間当たりの事件の数を示したグラフ。
この町と外の世界の最寄りの町を比較したそのグラフの中では、隣町の犯罪件数はこの町の数倍から数百倍になっていた。もちろん死者や負傷者もそれ相応になっており、危険である事をいかんなく示しているはずだった。
だが、泉が先ほど受け取ったテキストには十年分の統計しかない。
その分各犯罪について細かく書かれていたが、それでも正直データベースとしての信頼性はやや落ちるシロモノだった。
「もしもし、私だけど」
「ああ泉、この町出るって言うけど本気?」
泉は貰い物のテキストを閉じてカバンにしまうと、スマートフォンを取り出しテキストをくれたトラックドライバーの女性に電話をかけた。
彼女がレストランに食材を持って来てくれた縁で仲良くなり、泉が相談した際にテキストを貸してくれた仲だった。休日はアミューズメント施設でよくテニスをし、パートナーになろうとか言い合っていた事もある存在だった。
「本当。料理の勉強をしたくて」
「本気なの、ねえ」
「うん本気、だから今講習を受けてる」
「そう……でもやめたくなったらやめられるんでしょ?相当に大変な世界らしいし、もし諦めても私は受け止めるからさ」
実はこの追放希望者用の講習を受けた上で、この町から追放されるのを取り消す事もできる。
あくまでも自由意志を尊重するというお題目と、その上でこの町を去った場合のデメリットを提示する事がこの講習の目的であり、別に講習を受ける事と町を去る事はイコールではない。ただ町を出るためには講習を受けねばならず、今までも追放者であるなしを問わず数え切れないほどの人間が講習を受けて来た。
「でもさ、本当わかんないんだよね」
「何?」
「泉がこの町を出て行くって」
「それはさっきも言ったようにもっと料理のお勉強をしたいからさ」
「それはもう泉が決めた事だからいいけどね。不思議なのはさ、どうして誰もやめないのかって事だけど」
だが追放者講習を受けた中で追放を辞退した人間は、町の歴史上一人もいない。
正確に言えば移住者が追放者講習を受けて町を出たケースはあるが、元々移住者には追放者講習を受けるまでもなく町を去る権利があり、その点は移住者に対する数少ない優遇措置だった。
「本当は私も話を聞きたかったけどね」
「みんな、泉と同じで意志が強いんだろうね。まあ何があっても私は泉を信じるからさ、辛い思いをしたら遠慮なく言ってちょうだい」
「ありがとう、じゃあまたね」
泉は頭を下げながら電話を切り、再び先ほどのグラフに目を通した。
そして、講習を受けた人間が誰もこの町に留まろうとしない理由を確信した。




