「出頭」
トンカツを食べ終わってもなお、敦子の体の火照りは抜けない。風邪でもないのに呼吸も荒く、必死に深呼吸を繰り返すがちっともうまく行かない。
「お母ちゃん、お母さんはどうしたの」
「あー、ちょっとまずいんだよ」
お母ちゃんが子供向けに言葉を濁そうとすると、敦子の義母が敦子の前に座ってお茶を差し出した。
「敦子さん、あんたいっぺん自首した方がいいんじゃない?」
自首した方がいい―――字面だけ聞くとどんな嫁いびりだよと言いたくなるが、この場にいる誰もそんな事は思っていない。
「おばあちゃん、お母さんはどうなるの?」
「ほんの二日か三日ほど、お母さんである事をお休みするだけだよ。よそのおうちもけっこうやってるんだよ。でもね、あんまりみんなに言いふらしちゃダメだよ」
自首と言うのはもちろん文字通りの意味ではなく、ある種のスラングである。また出頭と言う言葉もまた極めて近い意味のスラングとしてまかり通っており、現在では老若女々問わずほぼ使われている。もっとも若にはさすがに限度があり、おおむね中学生から高校生の年齢の頃に意味を知る事となる。高卒の年齢になってなお意味を知らないのは初心を通り越して虐待とか言う指摘もあり、現在一部の高校ではその自首及び出頭についての授業も行われている。もちろんあくまでも一部のであり、敦子が通っていた学校では行われなかった。
「私、そこまで重いんですか」
「わかるのよ、昔は私も何度かね、自首したことがあるの。最後はこの子がお姉ちゃんぐらいの時かなって」
「母さん、私覚えてますよ。中三の時に高校に行くか行くまいか迷って帰ったら自首中だって言われた事」
娘から小四の孫の前で誤りを指摘されてもなお、敦子の義母は笑っていた。実際問題、この自首と出頭は誰でも経験するこの町の風土病の治癒方法だった。基本的に小学校高学年から中学生の頃から始まり、おおむね五十歳前後まで悩まされ続ける病。その病気の対処のために様々な薬が開発・輸入されているが、なかなか抜本的な解決には至らぬ文字通りの難病。
「でも……」
「そうだよそうだよ、私だって船の上にいると時々発症して手に付かない事があってさ」
「あなた」
「もうそんなにカリカリしちゃいけませんわよ、それもまた病気の症状なんですから」
そしてその病気は、全く人も時も選ばない。仕事中でも容赦なく忍び寄り、住人たちを苦しめる。程度の軽重の差はあれど、その時期が来るまでに死なない限り避ける方法のない病だった。
「申し訳ありません……」
「いいんですよ、敦子さんはこれまでかなり軽かったから。確かまだ二度めでしょ」
敦子は当分漁のないのをいいことにパートナーに娘を任せ、義母と共に家を出た。苦しそうにうつむく敦子の背中をさすりながら、腰の曲がっていない義母が我先にと歩く。
「この町を作る時ね、真っ先に消そうとした物って何だと思う?」
「ゴミですか?」
「違うわよ、この病気。でもどうしてもこれだけは解消できなくてね、それで付き合うって方向に変えたの。それは今思うと大成功だと。そのおかげで、多くの住民がこの町を作るために来てくれたのよね」
敦子を今苦しめている病気に対しては、ほぼ対処療法しかない。実は手術を行えば病気を逃れる事もできたが、費用が高額な上に肉体的負担も大きいため実際に行っているのはまれであり、多くが他の病気の際に一緒に手術を行いそのついでの結果としてそうなっただけと言うケースがほとんどだった。しかもその大半が病の終わった後の時期の事であり、病から逃れると言う点ではほとんど意味がなかった。
「昔から言われてるのよ、この辺りの地区ではその病気が重いって」
「そうですか……」
「うちの娘も一度仕事に出ると数カ月帰って来ないでしょ、一緒にいる短い間によくとかって、これはもう人間の病気なのかねって。ああ農業区の人もそうらしいよ」
取り分けこの病気が重いのが、この漁業区だった。個人差はあるが都市部と比べ漁業区では病気が重く、取り分け敦子のような遠洋漁業するパートナーを持っていると取り分け顕著だった。
そんな重病人として背中をさすられながら、敦子は義母と共に警察署にたどりついた。
「どうしたんですか」
「あの、その、えーと、自首、を……」
「えっと」
「ウフフフ……」
早速親切に対応してくれた警官に対し、敦子は恥ずかしさを堪えながら自首と言う言葉を吐き出す。警官が首を傾げそうになる前に義母が笑ってしまい、署内に暖かい空気があふれ出した。
「ああ自首、ですか。すみません、警察では、と言うか正式には自己逮捕と呼んでいますので」
自己逮捕。
それが正式な名称だった。
確かに自首も出頭も自ら警察署に出向き逮捕される事ではあるが、自己逮捕と言う場合はこの病気によるケースのみを指している。清廉潔白な市民である敦子の場合は文字通り「自己逮捕」であり、「自己逮捕」すべく自ら警察署へ出向くのを「自首」、家族と共に向かうのを「出頭」と呼んでいるのだ。
ちなみに「出頭」は十件に一件あるかないかであり、敦子は何ともレアケースを掴み取ったと言える。もっとも、本人にはそんな喜びなど微塵もなかったが。




