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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第五章 ある問題を解決する方法
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漁村の嫁

「はあ、はあ……」


 敦子は、顔を真っ赤にしながら料理を作っていた。体温は36.3℃しかないのに呼吸は荒く、咳もないし頭痛もしない。それなのに顔は赤くなり、手はおぼつかない。

「お母さん大丈夫?」

「ああ、何ともないから……」

 娘たちも心配そうに敦子を囲んでいる。姉は食器を持ち寄っては鍋をにらみ、妹は大丈夫そうに声をかける。せっかく楽しみにしていたトンカツについても気もそぞろになり、油の入ったフライパンばかり眺めている。


「あら敦子さん、そんな状態で大丈夫ですか」

「大丈夫です、お義母さんこそ」

「まだ私はそんなに老いちゃいないんだから」

 結局その下の妹に祖母を呼ばれて敦子は台所から下がらされ、同居している義母の手を借りる事となってしまった。敦子が自分のふがいなさにため息を吐くと、義母は実に優しく背中をさすった。昔話をする気もないけどねと言いながら、義母は節くれだった手でトンカツを盛り付ける。

「私はここに来た時はまだ幼稚園でね、この海岸以外何にもないような土地で何があるのかそりゃもうワクワクしてたもんだよ。それから安全な町を作るんだって言って幼い時はせっせと荷物運び、少し年取ってからは魚とりなんかやって、そしてあんたを迎え入れられるような立派なお家も建ててさ、それから他にもいろいろやって来たよ。女には無理だ、できる訳がないとかってほざいていた連中に負けるな、ってね……」

 結局昔話をしてしまった義母は頭をかきながら、飴色のちゃぶ台の上に皿を並べる。

 自分と、敦子と、二人の孫と、自分の娘のために。

「で、今日はどうだったんだい」

「幸い豊漁だったわ。でもしばらくは船のメンテナンスで海には出られないけどね」

 敦子は専業主婦だが、パートナーは漁師である。海の人間にふさわしく肌は赤く焼けており、顔以外白い敦子とはかなり差がある。

「でもお母ちゃん、しばらくは私たちと一緒なんでしょ」

「まあな。でも次行く時はそれこそひと月は帰って来られねえからな。次はもっと大きくなってるかもしれないわね」

 色気がないと言うより味気のないシャツを着て真っ赤な手で箸を握り、トンカツを口に放り込む。それこそ普段はタンクトップでも着てそうな「お母ちゃん」に対し、娘たちは実に親しげだった。


 敦子は、管制塔勤めの母と管制塔勤めの母を持っている女だった。

 そんな彼女もまた両親に憧れるように管制塔勤めを目指したが、かなわずに傘下の企業に入った。その傘下の企業と言うのが食品加工業で、自然第一次産業の従事者とも親しくなった。

 第一次産業と言うのは、この町においては富裕層とイコールだった。そんな女性との「交際」「出産」は文字通りのセレブ家庭同士の半ばお見合い結婚的流れによりなし崩し的に決定し、気が付けば敦子はこの地域に嫁いでいた。正直な事を言えば管制塔勤めになれなかった自分に少し嫌気が差していたのか仕事にも夢中になれなかったし、出会った女性の人柄もあってこのままでもいいかと言うのも事実だった。

 実際、結婚披露宴はかなり豪華に行われ、酒も料理も普段のふた月から三月分ぐらい出されていた。文字通りのセレブ婚は新聞の隅に書かれる程度には注目を浴び、敦子は一時的に時の人となったのだ。


「もし彼女たちのようになりたいのならばわき目も振らず働くべし」

 そう敦子たちの挙式にやって来た議員は述べていた。

「かつて男は抜かした、お互いがお互いの足を引っ張り合って崩壊すると。だから決して人の成功を羨んではならぬ。羨み、嫉妬し、相手の足を引っ張る事に腐心する。それは進歩ではない」

 嫉妬。

 それこそが、この町における最大の宿痾と言われている。表立っての争乱よりずっと悪質で、より根深い人間の業。その嫉妬によりこの町は壊滅すると言う不吉な戯言もまた、住民たちの力の源のひとつだった。

「その根源にあるのは何か。それは自分こそうまくできると言う傲慢であり、いずれは自分たちを求めてくると言う無根拠な自信である。これまで幾千年にわたり出来ていたからとか言う大時代的な概念に基づき……」

 この後も続いた大演説の内容を、敦子もパートナーも実母たちも義母たちも正確には覚えていない。

 覚えていたのは、男たちが今でもこの町の外にいる女たちを性欲の道具として求め続け、女たちも応えている―――と言う言葉だけ。

 その欲望を御する事もまた、真なる平穏への欠かせない要素だった。


 そして敦子の義母は、その事を義娘本人よりずっとよくわかっていた。

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