アングラ施設
物事には何事もピンからキリまであるように、エンタメ施設にもピンからキリまである。
そしてここで言うピンからキリまでとは、経営状態の事ではない。
各施設で行われているサービスの事である。
美香と由紀が通った施設はいわゆるピンであり、そこからほぼ正反対の位置にあるこの施設は、いわゆるキリである。
ゲートもなければ、ロッカーもない。あるのは、地下への階段だけ。そんな、高い清掃員への給料を惜しんでいるとしか思えない貧相なビルの地下。かつて、JF党が爆弾を作っていたアジトだった場所と言われても信じてしまいそうな場所。
そこに入り込んで行くのは、見るからにガタイのいい女。
「いらっしゃいませー」
蓮っ葉な物言いで階段を降りて来た客を出迎える、安いスーツを身にまとった受付の女。ガタイのいい女もいつも通りだと言わんばかりに金を渡し、無遠慮にドアを開ける。
「あんたも物好きだねこんなとこにまた来てさ」
「そっちこそ、こんなサービスよくやる気になれるね」
「需要があるからだろー」
憎まれ口を叩き合いながら、二人してこっちへ来いよと腕を振る。
先に入って来た女から比べるとずいぶん小柄な、やけにかしこまったスーツを着た女。
「そっちのお姉さんは初めてかい」
「ええ……」
「っつーかこっち来てまだ三ヶ月らしいからな、いろいろ不案内なんだよー」
豪快な笑い声が響く中、スーツ姿の女はうつむき加減だった。
「先、輩……」
「おお気にすんなって、ここはあたしのおごりって奴だから!なんかいろいろ気になって気になってしゃあねえみてえだからさ」
肩を組みながらわき目も振らず歩く先輩を前にして、スーツの女は全く抵抗できなかった。
「本当、どうして現場作業員が来るのかしらねー」
「清掃員だとしても壁の掃除はしてやらねえよ、業者に頼め」
「それぐらいなら自分でやるっつーの」
とことんまで粗野な言葉遣いが狭い通路に鳴り響き、お行儀のよろしい姿をした女性の耳朶を打つ。Tシャツジーパンと言う普段と同じ格好をした人間に引きずられる姿を来たら、後輩と言うよりまるで虜囚だった。
「あの……」
その捕虜同然のスーツの女性が言葉を返せたのは、入ってから二十秒は後だった。
「どうしたんだよ、この町に来たんだろ?来たくて」
「はい、そうですけど……」
「ここにだって不満を抱えている奴は山といる。給料とか婦婦とか家族とか、そんなうっぷんを晴らすためにはその対象が必要だろ?あたしもここで十年もよろしくやってるからわかるんだよ、娘もいるしな!」
外の世界からこの町に来る人間は後を絶たない。その多くがいわゆる第三次産業に従事し、一方でこの町生まれこの町育ちの彼女は建築業者の事務員をしている。
「嫌なもんがあるからここに来たんだろ、そんでその嫌なもんをぶっ飛ばしたいんだろ」
「私はそのような」
「またまた、まああたしらだってむやみやたらに相手を傷つけるような真似をしねえように言い聞かされて育って来たけどさ、それでもどうしてもって時はこういうとこ来るんだよ」
どうしてもと言う割には行き慣れている風だった彼女にこれ以上反抗する事もなく、スーツの女性は一緒にガラス戸を押した。
まるで直に視界に入れたくないように作られたL字路を曲がり、再びドアを開ける。
「まあなんだ、一時間ほどちょっとぶっ飛ばそうじゃねえか」
ボクシングのグローブを手渡されたスーツの女性の前には、また別の女性がいた。客ではない。
あまりにも扇情的な衣装を身にまとった、剣を持った女性。
「どうだ、ぶっ飛ばしたいだろ」
「……」
「あたしはしたいよ、ちょっとイライラが溜まってるからさ。何ならあんたからやってもいいよ」
いつの間にかボクシンググローブを手にはめたガテン系の女が近づいて行く。
「ご主人様のため、絶対、負けないんだからぁぁぁ!!」
甲高く機械的な音声に、目がむやみやたらに輝き、口元はだらしなくゆるみ、顔の色は真っ赤に輝いている。
そして何より、胸の大きさを含め体形があまりにも不自然。
「この!」
そんなパンチ人形に向けて、凄まじいまでの一撃が飛ぶ。
「やめてよ、ぼくたんの彼女をぉぉ!」
「うるせえよこの!」
そこに続くしょぼい太さの甘ったるい声に負けるなとばかり、さらに一撃を加える。
女性の衣装がはがれ、ますます扇情的になって行く。いくら粗野と言ってもここまでは乱れないと言うほどに乱れた二次元の女が、そこにいた。
だがその存在を前にして、スーツの女性は動けなかった。
「どうしたんだよ」
「いえ、その、これは……」
「あたしも外の連中とよく関わるからさ、ここ接待のためにけっこう評判いいんだよ。ああそれとも頼んで別のにしてもらうか」
「外の……」
「ここに住みに来る人らに安心してもらうには一番いいってさ」
この町に来たのは、何のためだったのか。安寧なる暮らしを得て、自分の心の平穏を守るためではないのか。だがいつ何時、また自分たちの心、いや身の平穏を犯す存在がやって来ないとも限らない。
「じゃあなんでこんな物を……」
「つらい思いも受け止めてやれる。それがこの町のいいとこなんだよ」
誰も彼も、必死にその危険性を訴えたはずなのにまともに耳を貸さない。
だからこそ、先人たちはこの町を作った。
「私は、この町に憧れていた……」
「なんか問題でもあるのか」
「こんな物は存在していないと思っていた!」
激昂したスーツの成人女性を受け止めるように建築員の女性が穏やかに声をかけると、スーツの女性は廊下を走るなと言う教えを無視して全力で扇情的な姿をした絵へと突っ込んだ。
「うああああああああああああああああああ!!」
両腕を交互に振りかざし、目の前の女を殴った。
「ふざけるんじゃないわよ!」
全てを解決するかのように殴り続ける。
「風紀紊乱の代名詞!」
実は中卒である先輩社員の存在など構う事なく。
「美少女の皮を被った侵略者!」
エリート大卒の女性が。
「性的搾取の代名詞!」
徹底的に殴打する。
ほどなくして二次元のメイド服の女の顔は真っ赤に腫れ、先ほどまでの扇情的な表情はかき消えていた。
「少しはスッとしたか」
「まあ一応……とにかく、これに懲りたら社会人として恥ずかしくない格好をしなさいね!わかった!」
「……」
「ああごめんなさい、また、機会があったら連れてってくださいね」
反応があるはずもない二次元の絵に向かって説教を垂れながら、背筋を伸ばす。
そんなスーツの女性の変わりようをすんなり受け入れられる程度には、ガテン系の女もこの町とこの建物に慣れていた。




