ドドラちゃん
美香の仕事は、運送業の事務員だ。
一応「管制塔」の直属の子会社だが正直ドライバーなどに比べると薄給で、まだ婦婦のパートナーを探す気も財力もない。家はと言うと会社の寮であり、そこから通勤時間徒歩五分と言う職場の利を生かして朝晩ゆっくりとする事はできる。
「どれどれ……」
美香は化粧をする事もなく、始業時間一時間半前にしてテレビを点ける。早朝らしいニュース番組が流れ、アナウンサーが感情を込めながら原稿を読む。
この日のトップニュースは言うまでもなく小学校六年生により同級生への暴力事件であり、少し食欲が失せた美香がチャンネルを変えるとより詳細な描写をやっていてさらに気分が悪くなった。
「ああもう……あそこにしよ」
一応真面目な勤労女子の彼女は早朝めったに見ない三番目のチャンネルに回すと、元気な歌声が響いて来た。
美香と同い年のその歌手は職場でも人気が高く、休憩時間や終業後によく上司も同僚も自身も歌っていた。何十回も聞いたせいで曲も歌詞も覚え、つい仕事中に口ずさんでしまう事まであった。
だがそこに、歌手の姿はない。
まるでカラオケのそれであるかのように、風景画像だけは映っていた。
(こんな激しい歌なのにさ……)
たまに歌手と言うか「俳優」がマイクを持っている事があるが、いわゆる口パクでありまったく本人の歌声ではない。だから歌手の名前は知っていても、その姿は知らない。ひょっとしたら側にいる彼女なのかもしれないと言う妙な欲望を抱きながら過ごしている同僚もおり、家族や姉妹を悩ませているらしい。中にはバンドや自らの姿のアピールにこだわり姿を見せる存在もいたが、どちらかと言うと少数派だ。
そんな美香だって、歌手に憧れた事もある。今日もまた、芸能事務所にはデモテープや映像が送られている。中身は言うまでもなく歌声及び歌を披露するそれであり、その就活対象者をより分けるのもまた激務だった。もちろんそこで目と言うか耳に留まればレッスンその他を受けてメジャーデビューとなるが、それまでは事務所の人間が顔も知らないレッスン生が山ほどいた。より極端なのになると、デビューが決まるまでずっと顔合わせなしと言うケースもあった。
とにかく、「歌手は歌がうまい事が第一である」と言う理屈なのだろう。その結果歌のレベルが上がったのか下がったのか、そんな事は美香にはわからない。
いずれにせよそんな不釣り合いなビジュアルの放送で目が覚めるどころかむしろ萎えた彼女は、ほとんど見ていない第四のチャンネルを回す。
そこには極彩色の服を着た自分とほぼ同い年の女性たちが、小学校にも入れないような女の子たちに囲まれている。その後ろには、ピンク色のドレスを着た緑色の生き物の形の着ぐるみがあった。
「今日もみんな仲良く、おねえさんたちとドドラちゃんと遊ぼうねー!」
自分も出た事のある、子供向け番組。その時からずっといる、ドドラちゃんと言う子。
番組のと言うか放送局のマスコットキャラクターと化しているその彼女の元ネタがコモドドラゴンと言う生き物だと知った時には、幼心に本物のコモドドラゴンに会ってみたいと思った。だがそのコモドドラゴンの側にいたキャラクターは、カマキリと猫ではなくアーモンドと熊になっていた。
美香自身、大した夢があった訳でもなかった。なんとなく中高生時代を過ごし、なんとなく就職先を探し、管制塔って言うブランドだけに魅かれて多数の管制塔関連会社に就職希望を求め、結果的にこの職業に引っ掛かった。
(そう言えば同級生のあの子、こういうの作ってるのかな……)
管制塔傘下の企業には、いわゆるデザイン事務所もある。ドドラちゃんを作ったのもその事務所に所属するデザイナーであり、この町にある多くのファッション系商品もその事務所が開発している。
ドドラちゃんとモンドちゃん、そしてニャーストと言う三人のキャラクターによる人形劇。その全てが管制塔産のキャラクター。あるいは脚本も管制塔産なのかもしれない。
大人から見れば味気なく穏やかだが、子どもたちにしてみれば大きな問題。どこかで見たようなゆえに、安心できるお約束。そういう世界が、テレビの中にある。
いずれは、誰かと婦婦になり我が子をここに出す事になるかもしれない。そんな事を考えながら、美香はようやく出勤の準備を整えた。




