理不尽な暴力
「相当つらかったのね……」
「とにかく授業を受けさせてください!」
「あの子は少し偏りすぎなのよ。確かに熱心な事はいい事だけどたまには気を抜かないと破裂するわよ」
「家で抜きます!それより授業を!」
休み時間の間に感情を破裂させてしまった爆弾を保健室に連れ込んだのは、二十代の担任ではなく五十路の教員で担任の隣のクラスの大先輩だった。
その才川奈美恵と言う爆弾を、養護教諭は優しく抱きかかえる。
「バカ!バカ!どいて!放して!ヘンタイ!先生は私がバカになってもいいのね!じゃあいっそ殺して!」
爆発を一向にやめる様子のない爆弾を抱える腕の力は、とても強く温かいはずだった。その温かささえも拒否するほどの爆発音が保健室に鳴り響き、小柄な体で拘束を弾き飛ばそうとする。
「落ち着きなさい!今あなたが池田さんと出くわしたら確実に相手を殴るわ!」
「そんなこと、しないよ!だって私勉強で勝ちたい、から……!」
その爆発に水をかけたのは、「殴る」と言う言葉だった。その言葉にさっきまで必死に力を入れていた自分の握りこぶしを眺め、自分が何をしようとしていたかを奈美恵は悟った。
「いい?あなたは本当に賢くて真面目な子。それでもどうしてもどうにもならなくて悔しい事はある。それが気に入らなくてああいう事を言っちゃうのは、しょうがない事なの」
「しょうが、ない……?でも私は早く」
「それでも手だけは出さなかったじゃない、それが一番大事な事」
それでも、手だけは出さなかった。
その事が、一番重要だった。
「悪い男はね、私たちが何か言うとすぐに殴った。そういう乱暴な手から私たちは身を守るためにこの町を作ったの」
「この町……?」
「あなたは確かに勉強熱心ないい子。だけどあまりにも純粋すぎるわ。私たちの先祖はそんな純粋な気持ちを踏みにじるような存在と、戦って来たの」
理不尽な暴力との戦い。それもまた、この町を作った先人たちのテーマだった。
————————————————————女のくせに。
その言葉が、どれほどまで自分たちの心をさいなみ、また力を与えて来たか。どうせ破綻すると言う罵詈雑言を投げ付けられ、必死に取り組んでは嘲笑を浴び、そして妨害行為もされた。その戦いをこの町では第一次戦争と呼び、また独立戦争とも呼んでいる。そしてこの町を今のように都市にしていくまでの過程が第二次戦争であり、その内戦の際にも同様の嘲笑や妨害があったとされている。
「もちろんすぐ殴る人間は女の人にもいた。だからね、私たちは決して暴力に訴えてはいけないの」
「自分が悪い事したら意味がないって……」
「そういう事。だから私たちは決して、決して手を出してはいけないの。
どうしてもというならば、向こうが先にやって来た時だけ、いいわね」
年かさの教師に抱かれた奈美恵の心は、ようやくほぐれた。自分がやって来た事がいかに男性的で、いかに野蛮か、それ以上に綱渡りな状況だったか。
奈美恵はようやく思い知った。
「でも私、勝ちたいんです、池田…………さんに」
「その気持ちはよくわかるわ。でもね、あまり熱中しすぎると助けたくなくなっちゃうの」
「助けたくなくなる……?」
「池田さんは奈美恵ちゃんに優しかったでしょ?でもその池田さんの親切な気持ちを受け止める事ができた?」
奈美恵は首を横に振った。どんなに親切だったとしても、上から目線の見下し行為としか思えなかった。あんな優しい口調だったはずの自分を呼ぶ言葉に、奈美恵は全力で噛みついた。
「確かに困った子がいたら声をかけよう、助けようと思う事は大事。でもそれには助けたいと思ってくれる事も大事なの。難しいかもしれないけどね、今の奈美恵ちゃんは相手に勝つと言うか上回る事しか考えてないから、他の子もみんなそうだと思っちゃうのかもね」
「私は管制塔に勤めて、家族にいい暮らしをさせてあげたくて……!」
「そんな難しい事ひとりではできないわよ。もちろんお母さんたちや先生もいるけど、お友達だって大事な味方なんだから。みんなと仲良くした方がいいわよ」
奈美恵にとって同級生は、お友達ではなく競争相手だった。文字通り蹴落とすべき敵であり、少しでも上に行くために踏み越えて行く存在だった。この町の頂点に立つべく立ちはだかる全てをなぎ倒し、家族に富と幸せをもたらしたかった。
「でも私にできるかなって……」
「大丈夫、今日から立て直せばいいの。先生たちが何とかしてあげるから」
「はい……」
奈美恵の口は重い。
自分が何をやったか、わからない奈美恵ではない。
本来ああして敵愾心をむき出しにした言動を取るのは極めて良くない事であり、それだけで自分が非難の対象になってもまったくおかしくない。
みんなと仲良くしようにも、受け入れてくれるのだろうか。
「大丈夫よ、仲良くできない子なんかいないんだから」
「そうです、か……」
「まずは池田さんからよ、ほら」
奈美恵が体を起こして保健室の入り口に目をやると、池田仁美が立っていた。
「池田、さん……」
「ごめんなさい才川さん、私ちょっと熱くなってたみたいで……」
「熱くなってたのは私だよ!どうしても、どうしても…………」
「大丈夫だって、私もどうしても負けたくないって思っちゃう時ってあるからさ、同じ事だよ」
奈美恵は仁美に手を取られ、上履きを履き直しながら教室を出た。
「目が可愛いよ」
その言葉により奈美恵の目の輝きが消えるほどには、優しいお手々と言葉と共に。
(でも絶対負けないから……)
才川奈美恵は、必死に心を落ち着けながら過剰な闘志をしまい込んだ。




