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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第三章 小学校生活
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算数の時間

 さて、小学校にて。

 その日の一時間目は、算数だった。


「めいちゃんおはよう」

「まさみおはよう」

「めいちゃんかわいいね、そのふく」

 芽衣ちゃんは、正美に対していつも通りの挨拶をする。

 芽衣はいつも通り、教室の一番廊下側の席の前から四番目に座る。その真後ろに正美がいた。昨日のピンク色のそれとは真反対な水色のスカートと黄色いシャツを着た正美だったが、一方で芽衣は今日も赤い上下だった。正美の素直な褒め言葉に対し、芽衣は少し頬を膨らませていた。

「はいはーい、ちゃくせーき」

 だが芽衣が何か言おうとする前に茶色のパンツスーツを着た大人の女性が教室に入り、児童たちを座らせた上で口を閉じさせた。「さんすう1ねん」と1~0の算用数字が並ぶありふれたデザインの教科書と、森の絵が表紙に描かれた学習ノート、そして濃い赤紫色の胴体をした鉛筆五本と消しゴム。それが今必要なすべてだった。

 その後は起立、礼、着席のトリオが全ての始まりを告げる。

「さて今日は教科書の24と25ページ目です」

 その教科書は小学一年生らしく、足し算引き算がメインだった。

今日は引き算の繰り下がりを勉強する事になっている。

「正美ちゃん、教科書を読んでください」

「はーい、あけみちゃんは15まいポテトチップスをもっていました。そしてみかちゃんに7まいポテトチップスをあげました。あけみちゃんはのこりなんまいポテトチップスをもってるでしょうか」

 ありふれた計算問題である。題材がどうとかは関係なく、普通の小学一年生のそれだ。

 15枚のポテトチップスと、7枚分のポテトチップスの絵が黒板に描かれる。その絵の巧拙については児童たちが文句を言う事がなかったのが全てであり、児童たちは必死に黒板を追っている—————と言うのは残念ながら理想論だ。


「ここに15枚ありますね、そこから7枚あげるって事は7枚少なくなります、というわけで7枚減らしてみましょう」


 その教師の言葉と共に7枚のポテトチップスが消されて行く姿を、本気で見ていない児童もいた。朝寝坊の果てに遅刻気味だったり、単に算数が苦手でやる気がなくなっていたり、それより別の事が気になっていたり。様々な理由で授業に集中できない児童は存在していた。

「それで芽衣ちゃん、今何枚ありますか」

 もちろんそういう存在に対し適切な処置を施すのも教師の仕事である。どうせ後で痛い目を見るだけだから自業自得と言う理屈を適用するにはまだ早いかもしれない年齢だけに、きちんとすくい上げねばならない。彼女が芽衣を指差したのは、彼女の成績を上げようと言う思いでしかない。

「えっと、いち、に、さん……は、八、まいです……」

「よくできましたね。そうです。15枚あった所から7枚渡すと、8枚になります」

 教師の素直な褒め言葉にも、芽衣の気持ちは乗らない。

今の彼女の関心事は授業ではなく、正美の服だった。


 二十三人と言うきりの悪い数のせいだが、四列×六段の中で廊下側だけ五段になっていた。その五段の列の後ろから二番目が芽衣で、一番後ろが正美。二人がそこに配置されたのは、まったく運でしかない。席決めと言う名の大抽選会が行われ、二人にそこの席が当たっただけだ。

 この学校において席決め・席替えのやり方は二通りしかない。文字通りの公開抽選か、あるいは名前と言う名の絶対的かつ変えようのない要素について機械的に配置されるかのどちらかだ。その裁量は担任教師にあり、そして芽衣はこの時後者にならなかった事をうらんでいた。

 二人のフルネームは、石田芽衣と藤森正美。よほど強引な真似をしなければ、接しようのないはずの二人だった。それが、運と言うどうにもならないシロモノによって近接している。その事こそ、今授業に集中できない全ての原因だと本気で芽衣は思っていた。もっとも正美から言わせれば、中肉中背の自分の目の前にクラスで二番目に背の高い芽衣がいるのは面倒でしょうがない。だがその意見が通る事はない。個々人のわがままでそんな事をしていては、私も私もと大騒動になるからだ。少なくとも学期が終わるまでは席は固定であり、誰も文句を言う権利はなかった。

「ひとのものをうばうのはどろぼうというたいへんいけないことです」

「どうしてもというならばそのあいてのひととよくはなしあいましょう」

 もっともお互い交渉し合った上で席の交換を申し出ればできないわけでもなかったが、言うまでもなく親が出て来るのは厳禁であり、小学一年生にお互いを納得させるような交渉術もなければ、教師の了解を得られる訳もなかった。それこそ満場一致単位の賛成を得なければいけない事であり、この学校でもここ六年の間に決定後に席替えが成立したのはたったの四回しかなかった上にその全てが五・六年生なのが全てだと言えよう。

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