試験問題
基本的に本作はオムニバス形式です。
「皆さんおはようございまーす!」
「おはようございまーす!」
全校生徒四一四名、六学年×三クラス。
一クラス二十三人×十八クラス。
それがこの小学校だった。
なおほぼ同規模の公立学校が数個あり、いわゆる私立が二つある。
この正確すぎる数字は、別に図った訳ではない。あくまでも、偶然の産物だった。
「なかまはずれはぜったいダメ!」
「なかまはずれはぜったいダメ!」
「こまってるこにはすぐこえをかけよう!」
「こまってるこにはすぐこえをかけよう!」
「みんなちがってみんないい!」
「みんなちがってみんないい!」
そんな学校では、毎朝必ずそう唱える。
一年生から六年生まで、みんなそれを言う。
下駄箱はおろか、校門にも書かれている。
ちなみに中学や高校になると
「仲間外れにすれば自分が仲間外れにされる」
「情けは人の為ならず」
とか文面がいかめしくなるが、本質は全く変わらない。
学校には、いろんな子供がいる。
成績がいい子もいれば、悪い子もいる。
足が遅い子もいれば、速い子もいる。
かわいい子もいれば、そうでない子もいる。
それらすべて、同じ人間だ。
その事を、教師は児童たちに徹底して教える。
幼稚園や保育園でも、その事をたびたび教え込まれる。
ここで、ある二年生の向けのテスト用紙を見てみよう。
「つぎの四人の中で、いちばんやってはいけないことをしているのはだれですか」
□かってきたジュースをころがしちゃった子。
□ジュースのかんをひろっている子。
□なにもしないでボーっとしている子。
□おおぜいの人にむかってさけんでる子。
この問題の正解は三番になっている。なお高校生になると
「次の四人の中で、もっともまともな行いをしていると言えるのは誰か答えよ」となり、選択肢も
□↓の女性を仕事が遅いと責める女性
□↑の女性を年下だと言う女性
□重い荷物を持っている横で小さなリュックサックを背負っている女性
□うっかり財布を忘れた女性
となる。
ちなみに答えは四番だが、高校と言う事もあり、このテストでまともな点が取れない場合留年の二文字が現実的な物になって来る。もちろん一般的な国語数学理科英語もあるが、それ以上にこの成績が重かった。不出来な生徒は、それこそ必死になって一夜漬けしたりノートを写してもらったりする。もちろん高校入試でも、その手の問題は紙の上でもあるし教師陣とも対面でする。紙の上だけのテンサイではなく、実際その規範にふさわしい人間であるが人間が見極めなばならぬのだ。
なお「高校・大学面接突破マニュアル」なる書籍も、存在している。ただ管制塔直属の企業からは発行されておらず、たまに見かけるとすればそれはかなり街外れのスラムに近い地域で売られている古本と言うか闇本の扱いだった。管制塔にはその手の書籍やデータをハッキングと言うかクラッキングしまた物理的・法律的に取り締まる役職もあり、そこの役職に入ろうと望む子どもたちも多い。
「婦婦の所得、居住地、年齢差、及び少女たちの身長体重学業成績その他において差別が生じてしまう現象を解決するにはどうすればよいか、その事について三つの草案が上がっている。以下のA~Cの内どれかの草案に賛成する場合はその記号を①に書き、その理由及び他二案に賛成できない理由を記せ。またどれにも賛成できない場合は①にDと書き、さらに自分なりの草案を示しかつA~Cに賛成できない理由を記せ。」
さて、これはある年の大学入試の社会科の問題である。
……たった一問の。
もちろん毎年同じ問題でもないが、こんな問題で一体何が計れると言うのだろう。
文章力うんぬんを言うならば国語でやればいいし、学問の自由と言うのがあるはずだ。
だがこの町に一つしかない大学の、一つしかない管制塔への近道となれば真剣に取り組むしかない。
だからこの町のエリート婦婦、教育大好き女性はその事について厳しく言いつける。それでもゴミ回収やトイレ清掃員、第一次・第二次産業などの稼げる仕事を選びたがる子どもや、それらとは別に自分の夢を追い求める子どもは多い。古今東西問わぬ悩みであり、この町でもちっとも変わらなかった。
ちなみに、薫と静香では言うまでもなく薫の方が成績が悪かった。それもまた、ゆるぎなき事実だった。