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女性だけの町  作者: ウィザード・T
最終章 望むべき回答
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海藤拓海が本当の本当に必要だったもの

 水谷と別れてから一週間後、ついに「さいてい」こと海藤拓海の死刑が執行される日が来た。




「何か言い遺す事はありますか」

「黄川田先生はどこにいます」

「彼女の遺体は散骨されました」


 その日の拓海は、実に爽やかだった。

 この町に来てから誰も見た事がないほどには美人で、それ以上にいたいけだった。


「ずいぶんと楽しそうですね」

「ええ、もう、わかってますから」

 言うまでもなくその美しさといたいけさは痛々しかったが、それ以上に幸福そうだった。

「それでは教誨師様がお待ちです」

 看守の手により死刑を迎える前の最後の時間を迎えるべく連れ出される。その歩みは実に軽やかであり、まるで新しい服でも買いに行くような調子だった。




「もはや、何のためらいも、悔いもありません。私の人生は、今日この日で終わるのですね。もしまた生まれ変わる事が出来たなら、またあなたたちの子どもがいいって言っておいてください」

 サイコパスとか言うには、あまりにも淡々としている。ついこの前までの狂犬ぶりはどこにもなく、文字通りの忠犬だ。そんな忠犬をガス室に放り込むのは、正直心が痛む。ずいぶんと性が悪いんですねと嫌味の一つでも言ってやるには絶好の機会だったが、それをできるほど人間ができていない存在などここにはいない。

 死刑囚ではなく、末期がん患者。本当に何の憂いもない。




「では、さようなら」


 その存在に対しこれ以上誰も何をする事もないとばかりに、十人以上の人間がボタンを押す。


 どれが正解かわからないボタンのどれか一つにより、「さいてい」の生涯は終わった。







※※※※※※※※※※※※







「これで本当に終わったんですかね……」

「でも、あんな風に最後まで私は悪くないとわめいていられるよりはましだったんじゃ」

「それはそうですけどね」

 執行人たちのみならず、誰もが同じ感慨を抱いていた。凶悪犯を通り越した町内転覆を狙ったテロリスト相手とは言え、本当に法の裁きを下せたのかどうかすごく不安だった。それほどまでに「さいてい」は特異な存在であり、そして恐怖の存在だった。

「それで彼女の遺体は」

「他の党員と同じようにひとからげに埋葬する事になると思います。黄川田達子も散骨の上で菩提としては同じ所になるので」

「遺品は」

「ほとんどありませんでした。党本部を当たったのですが衣服や靴下など本当に身の回りのそれだけで、せいぜいが達子の書籍でした。外の世界の家族ともほぼ絶縁状態でした」

「それでも一応は連絡を取った上でどうするか決めないとね」

 そんな存在の後始末をさせられるのに慣れたくないが慣れてしまったのも事実だった。藤森の遺品は姉婦婦に受け取りを求めて拒否され廃棄となり、「はかのこ」と「ためめす」のそれもまたしかりだった。一方で武田の遺品は遠縁の家族によって引き取られている。




「それで、最後に町長から贈られた資料はどうする?」


 主を失い、空き部屋となった独房。

 そこの机に横たわる、上質な紙と鮮明な写真。

 町長が寄越したその資料は、じっと眠っている。

 もちろん町長からのと言うのはさておき正式な贈り物なので対象ではあるが、何とも悩ましい品だった。その存在の話を振られた後輩刑務官は、看守に頼んでその書類を持って来させた。別に検閲する気もないが、それでも職務としては調べる必要があった。

「鬼が出るか蛇が出るか……」

 そんな事を言いながら、執行人たちは資料をめくった。







「海藤拓海拉致監禁犯○○××は事件後、十年の時を経て釈放。

 されど当然ながら会社は解雇され、親類縁者とも絶縁。そのため出所後は会社及び自らの親類縁者、さらの拓海の両親から損害賠償を請求される。もし真っ当に働いていれば年収二年分でありどうとでもなる金額であった。だが逮捕により社会的信用を全く失った彼にその金銭を返すための当ては全くなく、文字通り身一つで働くよりなかった。全く不慣れな労働と容赦のない叱責、その全てが、彼の心をすり減らした」

 そんな文章の下に、工事現場にてこき使われる男の姿がある。やせたとか引き締まったと言うよりやつれた顔をしたそれが、かつてそれなりに優秀なビジネスマンであった事をうかがわせるのは困難だった。

「そんな彼がそれでも必死に戦えていたのは、自分たちの中の夢を見ていたからである。いずれ借金を完済すれば、また自分の大好きなキャラに会えると言う欲望があったからだ。その時の彼は夜になると存在しえない女性への愛をささやき、目を爛々と輝かせた。それで働くのだから親方も文句は言えなかったが、正直生中な犯罪者よりずっと恐ろしいと手練れのはずの作業員たちを怯えさせていた」

 それでもその次の資料に載る彼は恐ろしかった。頬はこけているが目つきは嫌らしく、どこを向いているのかちっともわからない。わかるのは、彼が異常者と言う事だけだった。


 自分がパンドラの箱を開けてしまったのを承知で、二人は次のページをめくる。


「そして何とも度し難い事に、彼は五年かけて賠償金のために作った借金を完済してしまった。欲望の塊のような彼の凄まじいまでの働きぶりに、人々は恐怖した。

 だがその彼を待っていたのは、自分が今まで心の支えにして来た存在を包む火であった。もっともそれはまったくのダミーであり本物は適当に売りさばかれていたが、その事がきっかけで彼は自殺した。その件について彼の親族は、あの品々を捨て値でばら撒いた割にはそれなりに金になったとだけ言い残し、それ以上彼本人についてコメントする事はなかった」


 そしてその最期は、あまりにも残酷であった。


 ようやく自分を縛り付ける存在から解放され、自分の欲望のままに生きられるとなった所で地獄へと叩き落とす。それこそ金さえ返せばもう用済みだと言わんばかりの残酷な処置であり、無惨な最期だった。


 他の資料も彼の醜悪さと没落を見せつけるそれであり、また時に他の関係者についてもええかっこしいだの独善だのと言われている。そして皆世間から白眼視され、縮こまって暮らしている——————————。







「これがもし、必要だったって言うんなら」

「そして、こんな存在がここを求めて来るって言うんなら……」


 毒食わば皿までと最後まで読み切った彼女たちは、黙ってその資料をしまった。




 そして、両親に「遺品」として贈る事を決めた。




 自分たちなりの、感想と共に————————————————————。

あともう一日お付き合いください。

新作はこちら、追放もの異世界ファンタジーです。→https://ncode.syosetu.com/n1072ih/

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