最後の秘薬
「間違いありませんね、武田です」
「さいてい」、いや海藤拓海らが収監されていた刑務所の壁に向かって自爆テロを行ったのは、正道党を追放されていた武田——————————————いや、正道党最後の生き残りの武田だった。
「残念です。被疑者死亡案件がまた増えてしまう事になるとは……」
黄川田達子以下正道党の幹部数名が被疑者死亡のまま送検され、事件として処理されて行った。この場合彼女たちには四文字の名前は与えられず、その名前のまま死ぬ事となっている。かつて被疑者死亡による欠席裁判でも四文字名を付ける事も法案に上った事もあるが、多数決で否決された。
—————そして、武田もまた、達子たちと同じように被疑者死亡により武田のまま死ぬ事となった。さらに言えば、選挙の前の二件の殺人事件の裁きを受ける事もなく。
「竜崎のように爆発物を抱え、あわよくば刑務所の壁を破壊してあの三人を逃がす予定だったと思われます」
「その線で最初から追ってはいたのですが選挙が終わってからはどうしても遠くなってしまい、何とも申し訳ございません……」
警官としてはそう平身低頭するしかない。ある意味で勝ち逃げとでも言うべき死に方をした武田の事が、本当に憎たらしくて仕方がなかった。
その警官たちの溜飲がやや下がったのは、二通の署名の事を知らされてからだった。
—————「はかのこ」、「ためめす」、死刑執行。
結審からかなり早い執行であったが、それでも武田の死と並び、正道党の終焉を示すには象徴的な出来事だった。武田の死から二十四時間足らずの執行により、もはや正道党は実質「さいてい」一人になった。
「次は私ですね。そうやって男性の軍門に降るんですね。慰み物になるんですね。どうしてみんな滅びたがるんでしょうね」
「裏切りが悲しい事はわかっていますよ」
「裏切り?馬鹿馬鹿しい、罪滅ぼしと言う名の自己満足ですよ、両親気取りと同じ、ね」
あの爆発が何なのか、すぐに全てを悟った「さいてい」。自分を救うためにあの武田が仕掛けた自爆テロ。
裏切り者どころか、最後の最後まで戦おうとした自分たちの仲間。もしそれを許さなければ自分は仲間すら大事にできない「最低」な奴だと言われるのか。
「私は世界をゆがめた男たちを完膚なきまで叩きのめすためにここまで生きて来たのです。その目的を誰に話してもわかってくれなかった、黄川田さんだけがわかってくれた」
死を前にして落ち着く事はなく、余計にとげとげしさを増すばかり。「はかのこ」と「ためめす」が粛々と死を迎えたのと比べるとあまりにも痛々しく、奇跡を願うように食事に貪り付いていた姿はなおさらだった。
「二人の死体はきっちりと葬ります。JF党でもそうしたように、きちんと埋葬します」
「それが責任の取り方だなんて、やっぱりこの町にも夢も希望もないんですね」
お為ごかしとしか思う気はない。
全ての言葉が自分の望む方向望む方向と逆に行く事を進めるような薄っぺらいそればかり。
そんな世界から逃げるために動いたはずなのに。
「さいてい、客です」
そんな死刑囚に、一人の女が会いたいと言って来た。
今更何が変わるのと言わんばかりに腰を上げ、五人の看守に囲まれながら冷たい廊下を歩く。
「何ですか、私を笑いに来たんですか」
そしてガラスの向こうに出くわした人物を見るや、狂犬は噛みつき出した。
「贈り物を受け取ってもらいたいだけです」
「死以外の何をです」
あの水谷町長。
仲間たちが必死に訴えかけたのに、その場すら利用して町民の支持を完全に掴み取った、英雄気取りの女。
これからの町を取り仕切る、惰弱を極めた女。
その女が掲げたのは、一枚の封筒。
「どうせ死刑執行のサインなんでしょう。そんなに分厚いのなんか作って何の意味があるって言うんですか」
「はい」
人間も通れないような薄いガラスの隙間から、次々と細かく分けられた資料を渡す。
一枚、一枚、丁寧に。丁寧に。
「いったいどこで手に入れたんです」
「私は町長です。その気になればこの程度の事はできます」
「そんなにも恩を売りたいんですか」
「売りたいですね。私自身の最初の仕事をカッコよく飾りたいので」
とてもきれいなそれとは言えない言葉を吐き出す水谷。
「私は私を壊した存在を憎んでいます。私と同じように憎んでくれない存在も同じぐらい憎んでいます」
「当然の感情です」
「だったら私を釈放して下さい」
「そうなれば喜ぶのは彼だけです、そこにいる、彼だけです。私は町長ですよ。この程度どうとでもできるのです」
「どうと、でも……」
そこにいる彼と言う単語は、わずかに狂犬を鎮めようとしていた。
そしてそこの資料に躍る文字は、着実に心を溶かして行く。
「その贈り物をどう扱うか、あなた次第です」
「わかりました。せいぜい自分の望む結果が出る事を期待しておいてくださいね」
最後には結局憎まれ口になったものの、それでも本来なら受け取らないはずのそれを受け取ってしまう程度には、彼女の心はとろけていた。
「さいてい」を「海藤拓海」に戻す、あまりにも強力な薬。
実は誠心治安管理社の社長だけでなく外部の存在とも協力していた事を懐にしまい込みながら、水谷は刑務所を去った。
この作品はあと三日で完結します。
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