淡々とした言葉
正道党事件から二週間後。
次々と生き残った正道党の人間たちが法廷へと呼びつけられた。
三人の容疑者を運ぶ護送車に向けて、普段は聞くに堪えないような言葉が飛ばされる。
人殺し、独り善がり、第二のJF党、私の家族を返せ。
いや—————鬼、悪魔、バケモノ、ケダモノ。
普段とても使わないような汚らしい言葉が浴びせられる。
その側では彼女たちが巻き起こした事件の打撃を必死に打ち消すべく、第二次産業の従事者たちが働いている。
誰が一番立派で誰が一番劣っているが、職業に貴賎なしとか言うにはあまりにもわかりやすい構図だった。
なお既に法廷は次々と開かれ、いわゆるBC級戦犯への裁判が行われていた。被告たちは皆一様に裁きを受け、次々と刑罰を言い渡される。
「罪を悔い、その後の生涯を他の人のために使ってください、「てねくは」」
そして同時に、適当な四文字の名前も決められる。てねくはと呼ばれた町議会占拠犯の女性はこれから五年十カ月もの間、その名前で呼ばれる。まったく適当に決められた文字の羅列、それを決めるボタンを押すのも裁判官や看守、と思いきや町長の特権であり、まったく罪名を伏せて決まった四文字を付けられる。
人間扱いしていないと言うか、犯罪者として名前を呼ばれ続けるよりましか、その答えはこの町の住民でさえもわからない。一応狙いとしては後者でありかつ犯罪者に近い名前の人間が無用に風評被害を受けるのを避けるためだと言う事になっているが、正直多くの住民にはどうでもよかった。
重要なのは、A級戦犯たちの裁判だった。
「被告人、海藤拓海、前へ」
決して大きくない法廷の傍聴席の入場券は、どの就職先よりも倍率の高いプレミアムチケットだった。多くの住民たちがもっとも醜悪なエンターテイメントショーを見るために、裁判所に申し込みをかけた。
この後朱原と虎川の裁判があるが、人気の面では圧倒的に海藤だった。これが歌手ならばとんでもないドル箱であり、大スターとしてもてはやされていると言えた。
だがそのスターに向けられるのは憎悪と怒りばかりであり、せいぜい好奇の目だった。
「海藤拓海、管制塔の占拠を行いその際に職員四名を殺害、さらに許可なく最上部の管制室を占拠し電磁波を不当に放たさせた。そう罪状にありますが間違いはありませんか」
「一部誤りがあります」
「では被告人、どの辺りに誤りがあるのか述べなさい」
「我々は管制塔の占拠をしたのではなく有効利用しようとしたのです。職員四名は殺害ではなく説得の実らなかった結果実力行使しました。そして黄川田先生の許可を得て管制部に入り電磁波を汚らわしき存在を処罰するために行使しようとしました。後は全部その通りです」
ジョークと言うにもあまりにもひどい言い草だった。
びた一文の反省の気持ちもなく、ただ自分が正しいと言う前提に立って話している。まるで裁判所を演説会場のように思い、自説を垂れ流している。
「被告人は静粛に」
その切り口上を述べられてなお拓海の目は全く死んでおらず、次の機会をうかがおうとしている。弁護士さえも手綱を握る事もなく早く裁判を終えてもらいたげにしている。
だいたいこの裁判に争点など何もなく、10のマイナス幾乗分の1%かの無罪の可能性を見出すと言う世界で一番難しい問題があるだけだった。ましてやその問題を解決した所で喜ぶ人間の数は悲しむ人間よりはるかに多い。そんな問題にわざわざ取り組むような物好きと言うより際物めいた弁護士など、この町にはいない。
「わかりました。では動機については自分たちこそがこの町を救い、さらに世界中を救えると思った故と」
「はい。今でも全世界中で」
「弁護人。容疑者は一連の事件の被害者についていかように思っているかについて」
「被告人は自分たちの信念に共感してくれなかった事をただただ嘆いています。なぜ外の世界にて苦しめられている同胞がいるのに傍観するのかと」
「それは被害者に対する謝意はないと」
「はい…」
被告人の思うがまま、望みのままを裁判官に伝えるのが弁護士である。ましてや今回の場合下手に取り繕った所で一秒でメッキを剥がす存在がすぐそばにいる以上、他に何もしようがなかった。いわゆる国選弁護人であった彼女がこの仕事を引き受けたのはまったく金のためである事を、この場にいる誰もが理解していた。
そして裁判は進み、いよいよその時が来た。
「判決を申し渡します。被告人は静粛に。
被告人は自分たちの政治的思想信条に耽溺し、選挙と言う合法的手段によって政権を獲得できなかった事を逆恨みし、黄川田達子被告以下多数の正道党党員と共に管制塔占拠を含むテロ事件を計画。それにより数多の犠牲者を産み、また被告人自身も四名を殺害。そして管制塔から電磁波を強引に垂れ流し、十か所の建築物に損傷を与えた。
その全ての犯行に対しまるで反省の気持ちもなく、自分こそが正しいと信じ疑う事はなかった。これはこの町その物を自分たちのそれにする欲望の発露であり、さらに言えば耐え難いほどの自尊心の為せる業としか言えない。かような罪を犯した人間に対しては、極刑をもって臨むより他ない。
よって、被告人「さいてい」に対し、死刑を求刑する」
全く誰も驚かない判決だった。
「男がっ……!」
その判決を下された海藤拓海、いや「さいてい」はその舌打ちと共に法廷から消えた。
そしてそれからほどなくして朱原と虎川、いや「はかのこ」と「ためめす」の裁判が行われ、二人とも死刑となった。単純に町議会を占拠した際に数名の職員を殺した罪と、管制塔襲撃の際の囮の爆破テロでやはり数名の犠牲者を生み出した罪で。
この作品はもう一歩で完結します。
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