表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女性だけの町  作者: ウィザード・T
第二章 婦婦(ふふ)の生活
13/136

殺人事件

 さて、ここである受刑者の話をしよう。


「ふあくし、出なさい」


 ふあくしと言う名前には、特別な意味はない。単にひらがな四十七文字をランダムに選び出した四十七の四乗、つまり四八七九六八一通り分の一の結果であり、かつては「んんんん」と言う名前の囚人もいた。ちなみにその「んんんん」は窃盗罪により一年半の懲役刑を受け既に出獄しているが、このふあくしの刑はそのちょうど十倍だった。なおかつての第三次大戦の際には死刑囚たちに侮蔑語が意図的に当てはめられたとか言う記録もあるが、ふあくしがそれを知る事はない。


 彼女はかつて子どもを望んだ婦婦の片割れであり、どこにでもいる一般的なレストランの店員だった。

 だがもし彼女に人並みの幸運があったら、そして彼女の相手が人並み以上の人物であったら、こんな事にはならなかっただろう。無論犯罪をなした彼女自身が一番悪いのであるが、それでもその点において情状酌量の余地はあった。あったればこそこうして有期刑で済んでいるのだが、いずれにせよ彼女がもう日の当たる所を歩けない事だけは間違いない。

「唱えなさい」

「私は、命の重みを考えず、自分の過ちを認めず、他人の幸福を受け止められず、このような大罪を犯してしまいました」

 あと十年間残る刑期の中で、一日とて欠かさずそう唱える。その上で刑務作業に従事し、さらに反省文を書き連ねる。反省文と言っても中身はいわゆる写経であり、その紙は刑務作業の商品と一般人に売っている。

 写経を行う彼女の頭の中を、判決文が駆け巡る。


「この町を作った人間たちは、かつて外部からの嘲弄を撥ね付けました。我々が集えば必ずや嫉妬心に駆られ、その方向で町を乱すと。あなたのやった事はそういう罪なのです」


 この町に生まれ育った彼女は、この町の歴史を知りすぎて逆に鈍感になっていた。創始者たちがそのような嘲弄に耐えていた事を忘れ、感情に走ってしまった。

「私は、その子が生まれてから、いや生まれる前からどこまで待ち望んで来たかまったく知らず、自分の悲しみに溺れ……溺れさせたのです」

 通りすがりの婦婦の子どもを奪い、深さ数メートルの池へと投げ込んだ。まだ「生後」三ヶ月だった赤ん坊は浮かぶ事なく沈み続け、引き揚げられた時には既に生命体としての機能を失っていた。当然婦婦は涙にくれ、彼女は逮捕された。


 彼女にも子どもはいた。愛する相手との、立派な子どもが。だが、その子は生まれつき体が弱く、わずか五年で彼女の下から去った。その際に相方から言われた言葉、文字通り愛していた存在から言われた言葉が、彼女を完全に狂わせてしまった。

 子どもを授かる際に、理解していたつもりだった。まったく同じ子など、二人といないと。だからあそこまで早く死んだ我が子の代わりはいないし、いたとしても二番手に過ぎない事も。

 彼女が殺した子どもの妹をその夫婦が得たのは、裁判の結審後から二年も先の事だった。「一海」の妹としてその夫婦の子どもになった少女の名は「双海」であり、明らかに引きずっている事が明白な名前だった。自分だって、また子どもを授かったら死んだ子と同じか近い名前を付けていた。もう二度と叶わぬ夢を抱きかかえながら涙を流した事は一度や二度ではない。

 だが自分で犯した罪の結果、ふあくしと言う名で呼ばれた彼女は全てを失った。新たな我が子を得る機会も、レストランの従業員と言う地位も、何よりもパートナーまで失った。


「彼女に責任を押し付けてしまった事については今でも無念に思っています」

「彼女は確かに富裕層になる程度には仕事に真摯でした、しかしそれ以外はダメな存在であったと言わざるを得ません。ましてや命を大事にしないなど……」

 トイレ掃除だけで私財を築き上げる程度には真面目だった彼女だったが、その代わりのようにそれ以外の部分が欠けていた。

 子供なんかまた産めばいい—————そんな言葉をなぐさめのつもりで口にする程度には無神経で、かつふあくしを強権的に支配していた—————そう見なされた彼女は司法の網にこそかからなかったものの職を失い、社会的信用も失った。

 そして事もあろうに、自殺した。


「所詮は機械の産物であり、適当な配列の結果……ここまで汚らしい物言いができるのかと呆れもしました。なぜその発言を訴えなかったのです?」

「その時の私には本当に耳にいい言葉だったんです。それで他の子もどうせ同じだと思って急にすべてが空しくなり、そして空しさが怒りになり……」

 子どもの運命を決める十五の十六乗の並び。出産と言うその結果が全てである行いを冷酷と言うより機械以上に機械的な目で見る事しかできなかった存在に魅入られてしまった悲劇—————と言うにはあまりにもいたましく自分勝手な事件。


 だがそんな事件も知らないはずなのに、あのスロットマシンのような機械はいくつかのナンバーを排除していた。




 A752 81BC 0766 EA93

 B700 C189 ECC6 C890

 0754 61D5 46E4 A169

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ