事件の後
正道党によるテロ事件は、あまりにもあっけなく終わった。
町中を襲ったテロ事件がわずか二時間で終焉したのは、一体誰の責任であり功績だろうか。
「私たちの不徳の致すところにより、数多の犠牲者を産んでしまいました。どうかこのつぐないをさせて下さい」
どう考えても最大の功績者であるはずの町長が頭を下げる光景は、正直痛々しい。あれほどの場に乗りこんでその場の犠牲をゼロに抑えた彼女を責めるのは、あまりにも酷だった。
それでも、責めようと思えばいくらでも責められた。
「店長……」
「みんなが最善を尽くしたからね、あの時は本当数カ月単位でテロが発生してね、根絶とまでは行かないにせよほとんど一網打尽にできたのはいい事だよ……」
居酒屋には、営業中止の看板が掛けられていた。多くの仕事終わりの客がやってくる、都会のオアシス。ましてやあのテロ事件により、力仕事を行う人間の需要はこれまでにもまして増えるのが目に見えている。すぐさまとは行かないにせよ、この店も書き入れ時になるのは明白なはずだった。
「やっぱり、犠牲ってゼロにならないんですね……」
「知ってたけどね」
無理矢理に笑顔を作る店主が泣いている事は、店員ならずとも明らかだった。営業中止のくせにもつ煮込みを作り、じっと火を眺める。
「私、ごめんなさい、実は……」
「知ってる。でもどうでもいいから……」
その店長に対し深く頭を下げながら、バイト店員は泣く。
ついこの前店長が交際を始めた管制塔勤務の女性を殺した、正道党。
「私、採用試験受けてもいいですか」
「もちろんよ。不謹慎だけど今はかなりたくさんいなくなっちゃって人を求めてるだろうから」
「はい……」
その責任などちっともないのに、涙が止まらない。自分の望む世界を作ってくれると思い、あるいは「義挙」に志願したかもしれないほどに師事していた存在からの裏切りと罪悪感。
「私、その神林さんって人の家族に謝りに行きます……」
「本当に真面目な子ね。でもそういうのってあまり良くないわよ、あの子たちも真面目過ぎたから」
「辛いですね…………」
正道党の中にいればもっとも賢い人間になれただろう店主に向かい、店員は深々と頭を下げた。
そして同じ事が、ゲームセンターでも行われていた。
「本当に我慢していたんですね、ずっと……」
物理的被害のなかったゲームセンターだったが、心理的被害は莫大だった。
ただでさえ体調を崩していたその店員が無理をして仕事場に来た結果、勤務時間一時間で倒れてしまったのだ。あわてて店長たちにより仮眠室に運ばれた店員の女性は、とめどなく泣いていた。そこで彼女は、店長たちにテロに誘われていた事を告白したのだ。
「私は藤森や朱原たち正道党の中心人物の友人で、本当ならあそこでキーボードを叩いて男たちを殺しているはずでした。それが天職だと思い、その仕事にやりがいを感じていました。申し訳ありませんけど、今の仕事はただの…………」
「誘われたけど動かなかったじゃないの」
「でも、警察にも皆さんにも言いませんでした、私は、本当に……」
「その時からすでに体調を崩していたのは知っていました。例え電話をしたとしてもそれだけでは動けないのが警察です。ましてやあなたを呼び出した言葉は、「プレゼントを受け取ってください」だそうで、それが誘いと言えるんですか」
その「プレゼント」の中身もわからないのにテロへの勧誘扱いするのはかなり乱暴であり、いくらその店員が藤森の友人だったとしても無理があった。
「大丈夫よ、私たちが守るから」
店長たちにベッドの上から声をかけられ、ようやく店員の涙は涸れた。
水谷町長、居酒屋の店員、ゲームセンターの店員。
少なくとも三人の人間を悲しませている。
浅さ深さに関わらず、関与していた人間たち。
それらの姿こそ、正道党の全てだった。
この作品はもう一歩で完結します。
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