二時間の結末
この作品はもう一歩で完結します。
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「黄川田達子、銃殺」
全く無慈悲な音声と共に、警官たちが入る。
管制塔の本体中の本体、三十五階の管制室に。
「…………」
正道党の最後の一人とでも言うべき女性、海藤拓海は何も表情を変えない。
ただ1億分の1%の可能性に賭けるように、ただただプログラムに挑もうとしている。
「もはやこれまでです」
警官たちが迫って来てなお、拓海は全くリアクションしない。せいぜいが10本の内1本の指を使い、達子の遺品のスマホの回線をつないだ事だけである。
「もし私に万一の事あらば、前町長たちにこの町を託します」
水谷の力強い演説が帰って来る。桜田を含む議員たちもすっかり自信を取り戻し、誰も先ほどまでのような脅えを見せなくなっている。
「そう…………」
その演説を聞かされた拓海は、ようやくわずかに反応した。
「海藤拓海さん。早急に投降してください」
「撃って下さい」
「あなたは法の裁きを受けるべきです」
「違います……」
その動きに期待した水谷はさらに話を続けるが、拓海は最初は平板に、次は呆れたように言い返すだけだった。その間にも手が止まる事はない。
「既に虎川は逮捕、龍崎は自殺、藤森は射殺されました。もはやあなたの味方などいません」
「…………」
「そしてあなたの行いは、この町の守護の役目である電源を破壊する物です」
拓海が外の世界に向けた必死に歪めようとした電磁波は、この間にも町を襲う事はなかった。ただ過剰な電力により町の発電所に負担を強いる事さえもなく、ただでさえ先の見えていた予備電源を急速に食い潰していた。
ダキューン
その破壊者の動きを止めるために、警官は拓海の足を狙って撃った。
それでも怯む事のない執念の塊はまるで目が付いているかのように足を動かし手練れのはずの警官の攻撃を避け続けた。
「議員たちを撃って下さい」
そして口はもはや何の役に立たない人質を殺すように願い、手は最後の最後まであがいている。
銃弾を三発、四発とかわし、床に傷を付けまくる。
何よりも恐ろしい生き物だった。
「うっ!」
結果的に、警官は拳でその生き物の頭を殴る事しかできなかった。
警官たちがひるんだその生き物をコンピュータから引きはがそうとするが、不思議なほどに粘着している。体はぐったりとし、呼吸がか細くなってもなお手だけは止まらない。
「ひ…」
そんな吐息をこぼしたのが誰なのか、そんなのは警官でさえもわからない。目的を達成するまでは絶対にここから離れないと言わんばかりの凄まじい執念。そして男性への心からの憎しみ。
その全てが、彼女たちの心をえぐっていた。
そしてこの逮捕劇と同時に、町議会でも戦いの結末は訪れた。
「朱原です……もはや戦いはこれまでです。水谷町長、どうか私以外には寛容な処分を頼みます」
「なぜです」
朱原が、あまりにもあっけなくさじを投げた。
こんな状況でなお平然と問い返す水谷に対し、朱原は膝を突きながら首を落とす。
「私たちはあなたを知らなさ過ぎた。どうして楽な方楽な方に流れるのか、非常に楽をしているように見えた。でもそんなぬるま湯に浸っているように見えたあなた方が、こんなにも強い人間だとは知らなかったのです」
「私は強くありません。私は途方もなく臆病です、自分の命が惜しいだけの」
「でもやはり悔しいのです。そんな事が言えるほど強いのならば、どうして男たちの暴虐を止めてくれなかったのかと」
「この町に男たちの暴虐はありません。そして男たちがどこまで残酷で暴虐か、その事を知っていると同時に女性もまた同様に残酷で暴虐かを知っています。理由もなく仲間外れにし、また相手の幸福にむやみやたらに嫉妬する。それもまた男性悪と同じぐらい悪質である事を知っています」
女性悪。朱原にしてみれば忘れていた言葉だった。
小学校時代から、誠心治安管理社の本社勤めになる事だけを夢見て来た生粋のエリートである朱原にとって、三原則もオスメスを持った野菜も暗記の対象であり、国語数学だって出世栄達の道具だった。そのために先生様の言う事をよく聞いていい子でいて、成績を上げる事の出来る機会を増やしていた。
その時に出会ったのが藤森であり、当初は衝突したがいつの間にか同病相憐れむ敵に仲良くなった。そして結果的に入町管理局に配属されると言うそれなりに夢を叶えてからは、文字通り粉骨砕身した。必死に働き、自分の中で達成感を得ていた。その中でなお満たされない気持ちを感じ、同業者同士で出会った三人。その三人と藤森と一緒に、いろんな話もした。
そして気が付けば、こうしてここにいた。
「全員、武器を捨てなさい」
「嫌です」
「もうこの様子はこの町中に広まっています。今更どうにもなりません」
「私は、あなたと黄川田党首たちに賭けたのです!それなのにこんな!」
悪あがきを企もうとした女性を背中から殴りつけたのをきっかけに、全ての党員が武器を捨てた。
そしてそれに応えるように警官隊が一挙に突入し、党員たちを逮捕した。
「彼女に拘束は要りません」
最後に朱原を見送る水谷の姿勢は、どこまでも立派な為政者のそれだった。
こうして、正道党によるテロ事件は終結した。
美香と言う女性が膝をすりむいてから、わずか二時間後の事である。