JF党、再び
「危険です!」
「存じています。万が一の時はあなたと前町長に任せます」
自爆テロの発生をスマホ越しに見届けた熟年女性は、議場へと向かう。秘書を車に残し、文字通り一人きりで。
「私に万が一の事あらば、それこそわかっていますね」
「はい、ご武運をお祈りいたしております」
誰よりも美人な顔をして歩く彼女には、男でも女でも惚れそうだった。それが気に入らないのは、その顔よりも別の問題がなければありえないだろう。
「なんですか一体」
「私は朱原議員、及び黄川田党首と話がしたいのです。通しなさい」
「逃げずに来たのですか、ではどうぞ」
正道党員に銃を突き付けられながらも、水谷は平然と歩く。ドアを開けてもらい、戦地と化した議場へ入った。
「朱原議員。私です、水谷です」
「ちょう、ちょう……」
ある意味待ち人来たるではあったが、そのあまりにも唐突な登場に虫を呼ぶようなテンションでしか朱原は言い返せなかった。
「朱原議員。あなたは以前より自分たちの政策に途方もない自信を抱いていた。ですがそれは、私も同じです。いえ、女性党の皆様もです」
「どういう事です」
「お互い自分がもっとも優秀だと思うそれは違うと言う事です。その全く違う理想を持った人間たちがお互い納得するように運ぶ。それが政治ではないのですか」
「それは認めます。ですが時間がないのです。今でも世界中の女性が先にこの場で見せられたような醜悪な存在にさらされ、心を痛めているのです。その心痛を打ち消すのこそ我々の役目と言う物です」
「この町に来ない人間はどうなのですか?心痛などないのですか、それとも単に知らないだけなのですか?後者である事をどうやって証明するのですか」
そこまで口にした水谷の背中を党員が銃で押すが、水谷はちっとも動揺しない。視線を逸らしたと思えばスマホに目を向け、その先にいる黄川田を見る。
「黄川田党首。あなたは何を望むのです。管制塔を占拠し、何を望むのです」
「私は朱原議員の言う通り、一刻も早く世界中の女性を救いたいだけです。それができるのは、誰よりも女性の痛みを知っているこの町の住民だけです」
「私は以前、そう言っていた存在を知っています」
水谷の言葉と共に、議員たちの腰が浮きだす。逃げるのかと言わんばかりに取り巻きたちににらまれるが、逃げ腰であるようには見えない。どちらかと言うと、水谷への心配の念だった。
「かつて、JF党と言う組織がありました。いやかつてと言うには、まだ三十年も経っていませんが、そこでも彼女たちは外部への干渉、いや攻撃を行うべしと称していました」
「私たちは攻撃など!」
「いいえ、彼女たちは明確に外部への攻撃を示していました、天誅と称して。
自分たちの精神衛生上の害悪たる存在を滅すべく、一刻も早く動くべきだと」
「それは…」
「しかし選挙で惜敗した彼女たちは、その無念を暴力により強引に叶えようとしました。次々と爆発、殺人などの犯罪行為を為し、また既存の上層部を富を独占しようとしていると言うデマを流す事にも余念がありませんでした。それゆえに不興を買い、あっという間に支持者から見放されたのです。
正義と救済と解放と、天誅、それらにどれほどの違いがあるのか私にはわかりません」
正義、救済、解放。
字面だけ見れば皆違うが、それらとJF党が繰り出した「天誅」と言う名のテロ行為—————何千人もの犠牲者を産んだそれ—————とどう違うのか。
「私を撃ちたければ撃って構いません。ですがそれこそ、かつてのJF党と自分たちが同じである事をいよいよ証明するだけです」
「私はあなたを殺したいわけではないのです。ただ、ただ、外の世界で蔓延している汚物を排除する崇高なる使命に力を貸して欲しいだけなのです」
「JF党もそう言っていました。私たちがいかに優れているか、外の世界がいかに汚れているか。ですが外の世界ではあんなに大規模なテロ事件など起きません。その時点で我々は負けているのです」
「負け、て……」
「どうしてなのですか?どうしてそこまで焦燥に駆られる必要があったのです?」
「その、危機感のなさに……皆さんが、皆さんが……」
命の危機を前にしてなおも立ち向かう水谷に対し、黄川田もひるみ始めていた。決して安全圏から傍観している訳でもない、どこまでもまっすぐな意思。自分にとって悠長で柔弱であっても、その真ん中に通っている信念は太く重い。
「党首!何をくじけそうになっているんですか!」
そんな彼女に対し、海藤は吠える事をやめない。
「私は、男により一年も拉致監禁され、人権も何もかも奪われて来た!それなのに、その男はわずか十年で出所、全てをやり直している!それなのに!」
「その件は聞き及んでいます」
その海藤の口を閉じたのは、水谷ではなく桜田だった。
「外の世界で相当に苦心した女性がこの町に来ていると聞き、なるべく優しく接するように女性党員にも民権党の皆様にもお願いしていたのです。ですがあなたは、この町に来てから私たちと会ってくれませんでしたね」
「私が欲しかったのは、あなたたちのような生ぬるい言葉じゃない!」
「水谷町長が今ここでおっしゃられたように、生ぬるい言葉でも吐き出しようです。私たち女性党は確かに町の拡大を唱えていますが、それはあくまでも自分たちの力の範囲内での事。決して」
轟音が議場を覆った。
銃声か。
いや、違う。
「本当に残念です」
管制塔から放たれている電磁波が、ついに歪み出したのだ。