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女性だけの町  作者: ウィザード・T
最終章 望むべき回答
118/136

日常

「静香ぁ!」

「薫、あなた仕事の方は」

「今日は早上がりだよ」

 昼休み。

 ゴミ処理業者と、元出版社勤務。そして娘一人。

 文字通りの普通の婦婦の会話。

「それじゃ私」

「今日は頼むぜ」

 薫と言う名のゴミ処理業者の女性は、作業着を身にまといながらゴミを車に入れている。仕事に慣れているとしても巻き込まれないように気を付けなければならない作業だが、それでも慎重かつ大胆に仕事をこなして行く。

「この仕事って朝早くて終わりも早いって聞きましたけどね」

「うちの会社はでかいんだよ、それこそこいつは一日で相当な距離を走る。中には八時半までとか言いながら午後までかかっちまう事もある。何せこいつは一日二回は処理場に戻らなきゃいけねえからな」

 本来なら青々としているはずなのにところどころさび付いている「愛車」を前にして、薫は笑う。ゴミ処理場を含め一日で数十か所を回る仕事であり、この町でトップクラスに過酷な労働をしていると言えよう。

「こいつもいずれはスクラップになって処理される。ゴミ収集車なのにゴミになるだなんて皮肉だよなあ、まあ実際にはそのパーツが鋳溶かされたりしてどこかに蘇るとか言うけどよ」

 学がないと自称する人間とは思えない物言いに、後輩の社員も思わず笑った。数倍の倍率を勝ち抜いて得た甲斐はあったなと納得する程度には、彼女もできた人間だった。

「そう言えば先輩、エンタメ施設とか行きます?」

「あたしはいかねえな、娘がまだ幼いし」

「娘さんがいるんですかー」

「ああ昼休憩の後もう十か所残ってるからな、これからも頑張るぞー」


 さわやかな先輩社員である薫は、職場でも人気だった。その人気により、近々昇進するかもしれないと言う話まで上層部では出ている事を、本人だけが知らない。







「では今年も三十冊を輸入し、配布すると言う事で」

「そうです。その交渉の役目頼みますよ」

 君原志津子は、かつて静香がいた職場で上司に向かって頭を下げていた。そしてゆっくりと上げた時には、目鼻に力を得ながらも少し顔色が青くなっていた。この「輸入」業は正直な話後ろ暗い仕事であり、社内でもあまり好んでやろうとする人間のいない仕事であった。それでも「人の嫌がる事を進んでやる」理論によりそれなりに志願者はおり、それが今回志津子に回ったと言う話だ。

「内容は」

「こちらのキャラクターからです」

 上司から手渡されたスクラップブックには、とてもこの町では市民権を持たないような胸と尻を強調された露出過多な女性たちが並んでいる。またもう一枚の資料には、それらの女性の名前と人気、スリーサイズなどが書かれている。

「何の呪文ですかこれ」

「…では仕事を頼みますよ」

 志津子がこぼした言葉に上司は深くうなずくが、それきり仕事を申し付けて部屋を出させた。

 そしていつものデスクではなく、社長室へと向かう。資料を抱きかかえながら、社長室に入り、社長自らの見守る下で仕事をする事となる。

「今年はあなたですか」

 社長は背筋を強引に伸ばす志津子に向かって和やかに手を上げ、志津子より先に頭を下げる。その顔は実に柔和で、上司と言うより母親だった。

「この仕事を軽蔑する人もいます。しかし私は必要だと考えています。残念ながら、まだ人類は他者への攻撃性を捨てきれませんからね」

 捨てられない攻撃性。そして、そのための絶好のいけにえ。

「外の世界ではますます過激になっているのでしょう。うるさい連中がいなくなって」

「それは…」

「ですが世の中には加減と言う物があります。あまりにも過度になれば必ずブレーキがかかり、落ち着くべきところに落ち着きます。それはさておき、今はまだ必要です」

 —————今はまだ必要。そう、今はまだ。

「私は正直怖いんです、あの人が」

「まさかと思いますが、朱原……」

「すみません、仕事を始めます!」

「私もそう思ってますから、では始めなさい」

 功名心がないと言われれば大ウソつきになるが、それでもあまり過度で急速な廃絶をするには力を持ちすぎたシロモノ。それにまだ頼る必要があるのが、この町の現実。

 それが「輸入」とは名ばかりの、いわゆる「転売」である事を承知で行われる、大企業の闇。

 これもまた、現実だった。







「神林さん……」

「…………」

 浅村は今日もまた、仕事が終わるや直帰しようとする神林を睨みつけた。最近ではまともな会話もしない神林の職務怠慢ぶりに完全に嫌気が差した浅村だったが、それでも味方とする事をあきらめようとしない。朝勤務の二人からもういい加減諦めろと言われた時にはやる気があるのかと罵倒してやりたくなり、その感情をこらえるのに必死だった。

「そうやって逃げるんですか?この大事な役目から?この町を守ると言う崇高な役目から?」

 仕事中にもそうやって口を叩きながら手を動かし、何匹ものオスを殺す。当初は無駄口を叩く事もなかったのに、最近では無駄口を叩くのとキーボードを叩く二刀流ができるようになっている。

「神林さん」

「そうね、逃げたいわね」

「何ですかその言い草は!」

「最近付き合い始めたの、居酒屋のオーナーさんと」

 そして吠えかかったはずなのに、あっさりかわされてしまう。

「そうですか、結婚と言う名の退避に走るのですか」

「あなたもそうした方がいいって、本当、頼れる相手を見つけて仲良く一緒に過ごして、それでゆっくりと落ち着いてさ」

「でしたらその時まで頑張る事ですね」

 本気で逃避行に走ろうとしている先輩に対して、浅村はもう何の感情を抱く気もなかった。

(まったく、こんな人間が今の今まで町を守っていたのかと思うと……)

 藤森はやはり正しかった。彼女のようなまるでやる気のない存在に前線を任せると言う狂気の沙汰をこれ以上続けるべきではない。

 あるいは自分も正道党から立候補するか党員になって藤森を含む誰かのサポーターになるか。

 浅村もまた、神林と別の方向で明日を夢見ていた。

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