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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第十三章 選挙の時
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「あー、うるせえ」

 昨日の昼間、龍崎は選挙カーで選挙区を回っていた。


「正道党!正道党の龍崎です!町長選には黄川田達子の、町議選にはこの龍崎の名前をお書きください!どうか、どうか!この龍崎にお力を!五大政策、五大政策をもって皆様を豊かに!それが正道党、正道党のお役目でございます!」


 選挙区に張り付き、自らマイクを握り支持を訴える。

 どこにでもある光景に見えるが、実は漁業区だと意外に少なかった。



「民権党をよろしくお願いいたします」

「女性党、この女性党の議席をどうか守らせてくださいませ!」

 民権党の候補も女性党の候補も歩き回っては頭を下げまくると言うどぶ板選挙状態で、選挙カーを走らせることはしていない。マイクすらスイッチを入れたり切ったりと言うか、基本的に入れる事はない。特に現職の女性党の議員など自身でマイクを持つ事さえもしていない。スーツではなく作業着に身をまとい、足元には同様に作業靴を履いている。そのためでもないだろうが、彼女の声量は実に小さい。その代わりのようにこれまで幾度も政策をアピールするチラシを撒き、顔も名前も覚えさせている。


「どうかこの龍崎!この龍崎に一票を!!」


 それに対抗するかのように声を上げるその行いが正しいのか否かで言えば、少なくとも間違いではない。龍崎は落下傘とまでは行かないが漁業区に越して来たの自体がそれほど古くなく、二人と比べると地元民には無名だった。もちろん管制塔本体の傘下である入町管理局主任局員と言うアドバンテージはあったが、それがどれだけの意味があるかはわからない。入町管理局は確かにエリートだが、政治のエリートではない。良くも悪くも役人だった。天下りと言う文化を悪習として全廃したこの町では役人は安定性はあるが薄給であり、不人気な就職先だった。ましてや本当の役所ではなく誠心治安管理社と言う一企業だけにその信頼性はさらに薄れている。いくら企業城下町と言っても、しょせんは企業だった。

「誠心治安管理社の管制塔により、日々安全は守られています」

 とか言うポスターはあちこちで貼られているが、それがどれほど効果的なのか誠心治安管理社の上層部でさえもわかっていない。安っぽいプロパガンダムービーを流せば逆効果だし、それこそ第二次大戦をネタとしたドラマや漫画頼りだった。



 それはさておき、この龍崎の演説が行われているのは真っ昼間だった。

 仕事時間ではあるが、同時に休憩時間でもある。朝の早い漁師たちにとって昼間は港での作業かよくて釣りの後半であり、下手すると夜釣りから深夜中に魚の仕分けを行い日が昇る少し前に「就寝」しこの頃起床と言う人間もいた。


 そんな人間たちにとって選挙カーの演説など、安眠妨害だった。

 と言うより、演説を聞くだけでも気分を害した。


「皆様のためにどうか、力をお貸しくださいませ。民権党は漁師の皆様の保証を増やす事をお約束いたします」

「正道党は!この世界のために!女性の皆様を守ります!」

「女性党は皆様の魚に正しい価値を、関税の上昇により外の世界の商品から皆様の魚を守り、正しい価値を守ります」


 どの声を聞いても、迷惑だった。どこかの政党を支持していようが無党派層だろうが、雑音だと思えば雑音だった。音量についてはもう言うまでもなく、小さければ小さいほど都合が良かった。




「チッ……」




 そのいら立ちが高じたのか、一人の漁師が選挙カーに向かって舌打ちをした。あまりにもいら立っていたせいか舌打ちついでに唾液が飛び、アスファルトへと向かって行く。そして跳ねた唾液がタイヤにかかり、そこにさらに演説が覆いかぶさった。


「正道党!正道党!正道党の黄川田達子をどうぞ町長に!」


 唾が飛びかかるような距離で、そんな大きな声を聞かされる。それがどれだけ不愉快だろうか。


「あー、うるせえ」


 蓮っ葉と言うより乱暴な口調で彼女はそう吐き捨てる。そのまま夜釣りに向けて昼寝をする気もなくなった彼女が選挙カーに背を向けて家を出て行く。







 その背中だけで、龍崎は傷つくことができた。



 自分はこんなにも真剣なのに。


 どうして気持ちが伝わらないのか。


 なぜ、唾棄されねばならないのか。


「私は!私たちは!この世界から傷つく女性がもう一人も出ないように!戦います!正道党、正道党、正道党にどうか力を!」


 龍崎の叫び声が漁師町に響き渡る。自分たちの本気が伝わらない悔しさが町を支配し、世界を埋め尽くそうとする。

「今もなお!外の世界では数多の女性が性的搾取を受け!虐げられています!私は!私たちは、この町の安全を世界に伝え!世界中の女性たちを救うのです!ひとりぼっちではない、世界にもっと女性だけの町を増やすべく!どうかお願いいたします!!」


 蛍が尻を光らせると言う求婚行為に走っても人間はそれをきれいだとしか思わず、照明に慣れた人間がまったくノーリアクションであるように、潮風もまたこの辺りの人間にとっては日常だった。

 その潮風に割り込もうとする龍崎が語る野望は、あまりにも無力で、あまりにも無粋だった。

 

 それよりも彼女に向かって唾棄した漁師にとっては、自分の安寧と魚と、家族が大事だった。


 ただ、それだけの事だ。

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