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女性だけの町  作者: ウィザード・T
第十三章 選挙の時
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対立軸

過去に登場したキャラが次々と出て来ます。

 民権党と女性党の対立軸は、一体どこにあるのか。

 最大の問題は町の拡張に消極的か積極的か否かだったが、細かい差異ならばもっと多数あった。

 その差異に応じて、人々はずっと投票している。




「いよいよ明後日だけど、どうするの」

「もちろん行くわよ。万が一の事があったら商売あがったりだからね」

「あんたはやっぱり入れるんだろ、あそこに」

「…………」

 明日も最後のお願いと称してあのけたたましいスピーカーの音を聞かされることがわかっている地下施設で、常連客となっていたスーツの女とタバコを持ったTシャツ姿の店主は言葉を交わしていた。

 常連客は投票先を聞くもんじゃないとも言わず、タバコの煙を消すようにリアクションを取る。あんた嫌いかと言う言葉にスーツの女は首を縦に振り、店主は灰皿にタバコを押し付ける。最初の頃はまったく店主と客でしかなかった二人が、いつの間にかこんな関係になっている。

「あたしは別に、ここを出て行ってもいいと思ってる。いざとなったら何でもしてさ、死ぬまで飯を食えるぐらいの生活はする気だよ」

「強いな」

「強くないよ、単に卑しいだけだよ。卑しいから飯を食う事にだけは敏感でね、従業員だってあたしを含めて二人だから身軽っちゃ身軽だけど、たった一人の部下のためにもあたしはやるまでよ」

 受付の女は、下の方で道具を磨いている。うっぷんを晴らすための、正義の味方で居るための道具を。

「あたしらの商売はとてつもなく汚ねえもんだ。でもそんな汚ねえ事をやってるくせに人はそれなりに寄り付いて来る。あんたは外の世界から来たんだろ?外の汚い環境に慣れなくってさ」

「まあ、な……」


 スーツの女は元々それなりの企業のOLだったが、上司からセクハラを受け上層部に訴えた事がある。その結果その上司は地方で閑職に追いやられたがその代わり彼女自身も腫れ物扱いされてしまい、居心地が悪くなって退職してここに移り住んだ経緯がある。この町に移住する人間としては極めてありふれた動機だが、そのありふれた動機を持った人間が良く通うのが「こんな店」だった。


「あんたの会社の奴も選挙出るんだろ?」

「そうだけど…」

「結局選挙ってのは人気投票だ。こいつに何とかしてやりたいって思わせた奴の勝ちだ。前の町長さんはそう思わせる人間だったよ。そいつはどうだい」

「面識もほとんどない。ただ真面目でそれなりの実力はあるって事だけ、私より年下なのに」

「この町は長いんだろ、そいつのが。同じ移民同士ならばどうしてもそうなっちまうんだろうな。万人平等とか言った所で、どうしても差別ってのはできちまうんだよ」

 移民してからの期間の長短はどうしても発生し、そしてどうしても差異を産んでしまう。その差異が差別を産む。

「その差別がいら立ちをかきたて、いら立ちを発散させる場を求めさせる。お偉いさんは楽園とか歌ってるけど、この楽園にだってこんな汚い場所はある。あんた小便しねえのか」

「まさか」

「そういうこったよ、人間は飲食物を百パー吸収できる生きもんじゃねえ。それがわかってるように思えねえんだ、あのお偉いさんには」


 お偉いさんと言う言葉が誰を指しているか、スーツの女はわかっていた。


 ——————————黄川田達子。正道党党首。


「あれは正直引き立てたくならねえね。好きの反対は無関心とか言うけど嘘だねそんなの、あたしは嫌いだよ」

「そんな」

「あたしの店なんてこの世界で行けば便所みたいなもんだけど、その便所がなかったら人間は生きてけねえだろ、そういう事だ。わざわざ汚物扱いしてるもんを増やすのはそういう事だろ。人間はまだ、楽園なんかに住むには早いんだよ」

 今まで何人の政治家たちが、楽園を作り上げようとして来たのか。そしてその楽園の中で、今いくつが残っているのか。その答えは、外の世界から来た女性はおろかこの町から出た事のない女性でも知っている。


 人類の永遠の夢。人類の究極の目標。


 そのために作られたこの町。


 この町にこんな物があると知れば絶望する人間もいるかもしれない。


「あの女も絶望したのかもしれねえ。男ってのに。だから見せつけてやりたいんだろ、男たちに」

「私はそこまでとは思わないが……」

「それは失礼したね」

 スーツの女に対し、Tシャツの店主は未開封の缶コーヒーを置く。態度はそっけないが気持ちは裏表などなく、袖の下の臭いもない。スーツの女はプルタブを開け、ブラックコーヒーを口に注ぎ込む。

「あたしはとにかく、あいつに入れる気はない。稼業を邪魔されたくないからね」

「確かに……」

「あんたがどこに入れようが恨む気はないよ。どうせ一票で変わりゃしねえし。でもま、あたしはもう決めてるからさ」

「わかったよ」

 缶コーヒー代を置いて立ち去るスーツの女の背中に、店主はため息を浴びせた。


(本当に律儀な女だよ。そういう女だけがいるんなら楽園も作れるかもな。でもま、あたしはお断りだけど。こんな女だって、それなりにできる事はあるんだよ)


 彼女があの黄川田達子って存在にどう思われているのか、その詳しい中身を店主は知らない。だが、それでも自分をどう思っているかはわかっていた。


 だから、彼女は彼女なりに、動いていた。




 あまりにも優しく、それでいた歪んだ刃の存在を関知した上で。

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