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意外な同類

 私が泉師せんし学校に入学して二月ほど経った。これで一度修行の区切りがつき、一月の休講期間となる。


「それにしても、半分以上にいるとは思わなかったなぁ」


 最終日の今日は成績開示のみだった。入学時の朋泉ほうせんを発表した時と同じ、講堂前の掲示板に張り出されるのだ。

 途中でばったり会った楽平らくへいは余程嫌なのか半目になりながら朋泉に引きずられていた。二人で視線だけで気持ちを分かち合って頷くと、慶透けいとう賢奨けんしょうに呆れたような視線を送られた。

 しかしながら結果は私も楽平も半分以上の場所にいた。特に楽平は全体の三分の一には入っていて、何度も何度も掲示板を見直していた。


「だから言っただろう。君はよくやっていると」

「うん、慶透の言う通りだった」


 術がまったくだめなのに、半分に入るとは。もちろん慶透が優秀だからそれに引っ張られているのもあるけど、ぎりぎりで泉師学校に合格したことを考えれば、成長していると言える。


「それより、本当に帰らないのか?」


 掲示を見て自室に戻れば、たいていの生徒が帰りの支度をする。慶透のように真面目な人は、部屋に戻って準備してある荷物を持って直ぐにでも家に向かうことができる状態だ。

 一方で私は、全く荷造りをしていなかった。というのも、手紙が届いたからだ。


「うん。私の家は五家でもなければその門弟でもないから。この時期は魔も多くて大変だろうけど、そういった依頼はたいてい五家に行くからね。泉弟せんていの家に来る仕事自体は多くないんだ」

「しかしそれならば家でゆっくりできるのではないか?」

「そうなんだけどね」


(家に帰ってくるなと言われてはね……)


 私は兄に会う機会はそれほど多くないけれど、私の設定となっている”病弱だった”というのは、実際に兄が体が弱かったからではないかと思っている。もしかすると、体調を崩しているのかもしれない。雨も多くなってきて、魔が発生しやすくなるこの時期に、外部から家に何やら持ち込まれたくないのだろう。


「学校の方が設備も整ってるし、せっかくだから勉学に励むよ」

「そうか。それならば問題ない」


 慶透は僅かに眉を下げたように見えた。


「それではまた、一月後」

「うん、またね」



*



 慶透と別れて七日が過ぎた。人の気配がすっかりなくなった泉師学校は不気味なくらい静かで、しとしとと降り続ける雨が、優しく屋根に触れる音がやけに大きく聞こえる。

 最初は一日寝て過ごそうと考えていたが、それも三日で飽きた。やることがないからといって寝ても、起きたら退屈が待っているのだ。それに規則正しい慶透との生活で、私の身体はあまり長い間動かないでいられなくなってしまった。

 休講中に何をしているのかと思いながら山を登り、書室で座学をし、自室に戻って食事を取る。結局は以前と変わらない生活に戻ってしまった。ただ一つ違うのは、慶透がいないこと。料理中に気を張ることはなくなったけど、作り甲斐もなくなってしまった。自分一人の食事なんて面倒なだけだ。ただ、慶透が食事はきちんととるようにと言ったから、そうしているだけ。


(午後は晴れそうだな)


 徐々に雲が薄くなって、ほんのり明るくなる。雨の勢いも弱く、今なら傘なしでも外に出られそうだ。


 すっかり雨が上がったのを確認してから、私は部屋を出て書室に向かった。その途中、久し振りに人に会った。


茨塊しかい……」


 しん理雪りせつ)の朋泉で、私の作った桜餅を踏み潰したことのある男だ。男と言ってもその顔は少女のようにも見える。白く滑らかな肌に、真っ赤な唇、零れそうなほど大きく強い意志を宿す瞳。誰がどう見ても美人だ。


「ああ、せつ微光びこう


 彼は驚いているようだった。恐らく私と同じ理由だろう。まさか学校に残っている人がいるとは思わなかったのだ。


「意外だな。病弱だって話だろ?」

「昔の話だよ」


 適当に流して離れようとした時、急に手首を掴まれた。


「何?」


 驚いて彼の顔を見ると、彼は綺麗に微笑んだ。


「暇だろ?俺と一緒に来い」

「え?」


 私の返事も聞かずに、どこぞへと走り出す。私は情けなくよろめきながら後に続くしかなかった。

 それにしても、慶透といい、泉師学校には話を聞かないやつが多いのだろうか。それとも、私が単に話を聞いてもらえないだけなのだろうか。どちらにしても嬉しくはない。



*



 茨塊が向かったのは街だった。慣れたように納品に来ていた商人の馬車の荷台に乗せてもらい、あっという間についてしまった。

 雨上がりの街はまだ人の数が少ない。それでも泉師学校とは違い活気に溢れており、音に溢れている。


「どうだい?かざすと綺麗だろ?」

「あんた、濡れてるじゃないか。この布なんてどうだい?」

「上等な木を使ってるんだ」


 中でも屋台の多い市に着いたようで、商人が自慢の物を売る声が飛び交っている。

 茨塊は慣れた様子でその声を無視して、私の手首を強く掴んで歩き出した。


「いた、」

「我慢しろ」


 進むにつれて声が小さくなり、道に出ている人の層も変わってくる。着ている服の生地が上等になり、子どもの姿が消え、やがて女性の姿も見なくなった。お金を持っていそうな男ばかりになり、もっと進むと華やかな衣装を身に纏った女性が登場する。しかし彼女達は必ず男性と一緒だった。

 じろじろと見られるようになり、居心地の悪さを感じると同時に、ここがどういう場所か見当がついた。


交色街こうしょくがいだ)


 お金持ちの男が遊ぶ場所。女性を買いにくる所。

 未成年が入っていい場所ではないし、女性は売り物にされてしまうから、成人したとて、興味本位で覗いてはいけないと師匠に言われている。


(交色街は出入り口が厳しく見張られているからそもそも入れるわけがないのに)


「ここがどういう場所か知っているのか」


 私が立ち止まったことにより振り返った茨塊が言った。大きな目を更に大きくしている。


「何も知らねえ坊ちゃんなら顔を赤く染めるか、興味深げにきょろきょろしそうなもんだが」

「知ってたらおかしい?」

「いや?珍しいから驚いただけだ。だが、」


 茨塊は眉をぐっと寄せて私を睨みつけた。


「お前は家から滅多に出なかったんだろ?どうしてこういう場所を知っている?」


 たしかに、楽平のように好奇心旺盛な少年なら、大人の会話から興味を抱いたり、近くを訪れたりするだろうが、病弱で家に閉じこもっていたなら知る機会などなさそうだ。


「外に出られなかった分、本を読むんだよ」


 この言葉に嘘はない。私自身も、外に出ることはなかった。師匠に警告されて初めて知ったけど、身分差の恋物語なんかには出てくることも多かった。


「なるほどな。それならその不安そうな顔をやめろ。ここでは笑顔が基本だ。男も女も夢の場所。部屋に入った後ならともかく、道では努めて明るくあれ」


(そういえばそんなことが書いてあった気もする)


「どうして茨塊はここに入れたの?人の出入りは厳密に管理されてるんじゃないの?」


 茨塊は私の言葉に噴き出して笑った。

「ふっ、ははは、まさに本で得た知識、だな。

 それは昔の話だ。もちろん、出入りが厳しいのは変わってないが、この場所も男が女を買うだけの場所じゃなくなったのさ。女が寂しさを埋めに来ることもあれば、外から来た男女が部屋を借りることもある。証を持ってりゃ誰でも入れる。

 ま、俺は持ってねえけどな」


 茨塊は何も持っていないことを示すように、私の手首を掴んでいない方の手のひらを開いて見せた。


「じゃあどうして」

「門番と知り合いだから」


 茨塊はまた前を向いて歩き出した。


「ここは俺の生まれ育った場所なんだよ」


 茨塊は慣れた様子で道を進み、一つの店の中に入った。小さな扉だったから裏口なんだろう。


「ただいま」

「おう、帰ったか」


 店主と思しき男が一人、高そうな長椅子に腰かけていた。着ている物も流行を取り入れたもので、生地もしっかりしている。ゆったりとした服でもわかるほどのがっしりした体つきで、こちらをむいた二つの目の上の凛々しい眉が更に威圧を感じさせる。


「となりの坊主は誰だ?」


 ぎろりと睨まれて、私は思わず一歩下がった。


「友人さ。今日は俺のことを知ってもらおうと思ってよ」


 私の前にいる茨塊の顔は見えないが、声だけは明るく楽しそうだ。踏みつけられた桜餅を口に突っ込んでやった事件以降、会話をした記憶もないので混乱する。


「はしゃぎすぎてどうなっても知らねえぞ」

「はは、俺だって加減を覚えたんだぜ。あんたに迷惑はかけねえよ」

「はっ、どの口が。まあいい、好きにしな」


 何となく不穏な会話がなされている気がするが、今すぐ帰ろうと思っても道がわからない。そもそもどうして茨塊が私をここに連れて来たのか、それ自体は知らない。


(もし何か用があるなら済ませてもらうにこしたことはないし、ずっと学校にいるのも退屈だったから丁度いい)


 なんて、呑気なことを考えていた私は、頭のねじが取れていたのだろうか。この時すぐにでも逃げ出さなかったことを後悔することになるとは、思いもしなかった。

続きます。

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