告白の裏と慶透の心
結婚を申し込まれ、更には直ぐに返事を求められ、困ってしまった朋泉を見つめていた慶透はちらり、と炎陽の表情を窺がう。
できるだけ公清に負担をかけぬようにと、真剣にではあるが、柔らかく告げた炎陽だが、慶透は彼がどれほどの覚悟でそれを口にしたか知っている。
*
慶透は、あちら側との決戦前、魔の山の討伐に向かう部隊の編成を見て、驚いていた。
そこに、炎陽の名があったのだ。
あちら側に攻め込む者は五家の当主、そして暫定で次代の当主となっている跡継ぎ以外の者と決められていた。麗家は兄である慶青がいるので慶透の参加はすんなりと決まったが、堅玄や希杏は参加が叶わなかったと聞いていた。
炎陽とは入学前よりも親しい関係になったが、このことについてわざわざ訊ねるほどではなかった。ただ、その理由を知る機会は自然と訪れた。
「慶透、君は炎陽をどう思いますか?」
決戦の前日、慶透は杏澪に呼び出されていた。
当日は杏澪が銀家の者達を指揮するので、公清を頼む、というのが主な話だった。その後に杏澪がそう漏らしたのだ。
「炎陽ですか?」
「ええ。実は啓家として、ではなく、炎陽個人として、妖に結婚の申し込みがきていましてね」
「個人として……」
花の子の存在が正しく広まり、邪な考えから公清に結婚を申し込む者が増えていた。それは学校でも感じていたことだった。
公清ではなく、その地位を見ての申し込みが殆どの中、炎陽は公清を欲していた。それは目の前で告白や宣言をされた慶透もよくわかっている。
ただ、五家である以上、家を考慮しない縁談など考えられない。
「今回、あちら側へ向かう者の中に炎陽の名がありました。炎陽は、五家の当主としての立場を捨てるのですか?」
「そうです。申し込みのあった時点で、ある程度当主と話しはまとまっていたようですが、今回の参戦でそれが確定しました」
好きな人が命をかけて挑む戦いに、安全な場所で無事を祈るなどできないと言ったらしい。
啓家は当主の子ども以外は跡を継げない。啓家には炎陽以外の子どもはいない。養子を取ることはできるが、それは最終手段のようなものだ。
「結婚の申し込みまでは、もし成立すればその時に新しく跡継ぎとして養子を迎え、引継ぎが終わってから結婚という形を取る、と両親と決まっていたようですが、今回の参戦においては、その時点で跡継ぎから外れる必要があります」
今回暫定の跡継ぎがあちら側にいけないのは、家の存続のために、そこで命を落としてはならないからだ。次代当主はほぼ全員が成人か、もうすぐ成人を迎える。この段階で次代は決まっていることから、その者たちがいなくなると、五家に混乱が生じる。
啓家の今の当主がそうであったように、跡継ぎがほぼ決まっている状態では、五家の子息であったとしても当主としての自覚は薄くなる。穣家のように、歳も近く実力主義の家ならば問題はないだろうが、同じ実力で跡継ぎを決める家でも、麗家のように敢えて次代を決めていた場合は起こりうる事態だ。慶透も、自分が当主になることは考えてもいない。
「つまり、炎陽は今後あの子と結婚しようがしまいが、次代啓家当主にはならないでしょう。
事情が違えば、また次期当主になる可能性もありますが、今の啓家が養子に取るとすれば、拓獅裂。銀家に戻ってから知りましたが、啓家の門弟たちの中で獅裂が当主になれればと願う者が多いのは、慶透も知っているでしょう」
「はい」
「長子が優先され、当主の子以外が跡を継ぐのが禁じられている啓家。その啓家が養子をとるという決断をするのは重く、更には多くに望まれている獅裂であった場合、養子になった時点で獅裂が次期当主として認識されるでしょう。
獅裂を養子にとっておいて次期当主にしないとなれば、拓家、ひいては獅裂を支持する者たちが黙っていません。そのようなことをすれば、啓家の派閥の中で争いが生じます」
つまり、今回の炎陽の参戦が決まった段階で、で啓家は拓獅裂を養子としている。今の炎陽は次期啓家当主ではない。
「もちろん、獅裂のような五家の当主に相応しいほどの人物がいたからこそ、決断できたのでしょうが、このことは別の視点から見れば、五家の責任から逃げたと捉えられかねません。
私は何度か彼に会っています。そのような人物ではないと思いますが、彼を深く知るわけではないので、判断が難しいのです」
慶透も炎陽を深くは知らないが、幼い頃から知ってはいる。唯一自分と同じ年の五家の子息で、何かと炎陽が慶透に対抗意識を持っていたからだ。
それが慶透に限った話ではなく、元はと言えば優秀な拓獅裂の存在があったからだというのは、最近知った話だ。
啓家を継げるのは自分一人のみ。それなのに獅裂が優秀で、歳が一つ違うとはいえ、五家の人間なのに獅裂を追い越せない。更には自分と同じ年の慶透が大人顔負けの実力を持っている。
だから炎陽は次期当主としての実力を持てていないと思っていた。父が当主となった背景も関係しているのかもしれない。
だが、慶透は彼が責任逃れをしたとは思っていない。
「そこに関しては、私は否定できます。
炎陽は――少なくとも泉師学校において――一切の手を抜かずに修行に励んできました」
それより以前は、慶透があまり炎陽に関心を持っていなかったのでわからないが。
それに、慶透は彼の公清に対する想いを、その強さを知っている。
お前にはわからないと言われた。慶透も理解できていないと自覚している。慶透とは別の、公清に対する深い感情を抱いている。それ故に朋泉に何かと構い、慶透とは明らかに違う視線を向け、慶透はしない扱いをしている。
朋泉が、それを正しく受取り、慶透にはしないような反応をするのも、知っている。
「公清のことに関しても深く想っています。私とは違うという愛情を向けています」
杏澪は慶透の言葉に表情を緩めた。
「そうですか。それを聞けて安心しました」
「公清は炎陽と結婚するのですか?」
「いいえ。そう決まったわけではありません。最終的に決めるのはあの子です。ただ、話を進めるに値する人物だと判断したまでです。
それに、明日の戦いにおいて、あの子を大事に思ってくれる人が傍にいてくれるのは、とても心強いことです」
そして、全てが終わり、後片付けも落ち着き始めた頃、炎陽は慶透を伴って命神の元を訪ねた。
「命神様、あなたの大事な人間に結婚を申し込ませていただけませんか」
炎陽がいきなりそう言ったのは、地上の全てを知る神が相手だったからなのかもしれない。
どうして自分も連れてこられたのかはわからないが、炎陽が一人裏で朋泉のことについてことを進めようとしていたならば、後でその仔細を聞き出そうとする自分は想像できた。
「啓炎陽。お前が先日の争いに参加するにあたって、どういう状況にあるかは知っている。そこまであの子のことが好きなのか?」
「はい。例え家を捨てたと言われてもいい。
難しい立場にある公清にとって、私が結婚相手では都合が悪いかも知れない。そのような言い訳も何度も考えましたが、この気持ちを抑えつけることはできない。例え公清に断られても、きっと気持ちが消えることはない。
私のこの想いが、家にとって、公清にとって迷惑なものであるかもしれませんが、それでも好きなのです」
双結はじっと炎陽を見つめて口を開いた。
「永くを生き、博愛は纏えども、好いた相手に対して身を引いた者も、自分の感情を優先してまで共に生きることを望めず、相手を見送った者もいる。
お前も自分の感情を殺し、そうあるべきだと考えるのかもしれないが、私にとってはその者達も、お前も大差はない。その者たちは、そういった決断をしただけだ。相手を想う気持ちというものは比べるものではない。二人とも相手を愛すからこその決断だったのだろうが、そこに至るまでの、その気持ち自体に変わりはなかろう」
「命神様……」
双結は穏やかな表情だった。
「お前の気持ちはわかった。
だが、結婚をするかしないか、すぐに決めろ」
「すぐ、ですか?」
炎陽と共に慶透も驚いたが、すぐに理解した。
「ああ。先日、あの子の望みを聞いた。人間があの子に望むものも、俺は知っている。
神として、俺はこの事態を収めなければならない。王座と導師の座が空のこの状況を解決しなければ、理に反する。
だが、俺個人としてはなるべくあの子が自由に生きられるようにしてやりたい」
一つになった地上で、誰が王に望まれるかと言えば、一人だろう。神に愛される子、花の子である公清だ。だが、それは事態を収める上では理にかなっていても、彼女の意志がそこに存在しない。
公清の意志を確認しに双結が寮を訪ねたのは、そういう理由もあったのだろうと慶透は思った。
「もしお前があの子の夫になるならば、あの子の意志を尊重した決定ができるかもしれない。そうでなければまた別の手を考えなければならぬ。待てるのは次の春が来るまでだ。早いうちに決めろ。ただし、あの子の心に負担をかけぬように、決定を急ぐ裏を悟られるな。
そして当然、結婚すれば、お前には多少なりとも苦労がかかる。それでもあの子に結婚を申し込むか?」
炎陽はその言葉を受け止めてから悩む時間を作らず、
「はい、望みます」
強い意志を持って神に答えた。
*
啓家には既に獅裂が養子に入っている。啓家の派閥の囲山までならそれを知らされている状態だ。ただし、正式に発表されるのは炎陽が卒業してからと決まっていた。
この機会を逃せば、慶透の朋泉は炎陽の決断を知ってしまう。そして、その裏にどういった想いがあったのかも知ることになるだろう。
だから、炎陽は今日、判断を迫った。
慶透としては、先に考える時間をやればよかったと思う。何もすぐに決めろなどと言わなくても。
ただ炎陽には別の考えがあるようだった。卒業まで、自分のことで思い悩む時間を作ってほしくないとのことだ。
(妖にその場での判断などできない)
炎陽の気持ちもわからなくはないが、彼は公清をよくは知らない。
育った環境のせいか、彼女は自分の意志に気づけないことが多いのだ。彼女自身について、どうしたいのかと訊ねても、どうすればいいのかを考え、他人はどう思うのかを聞く。
慶透の予想通り、彼の朋泉は困ったような顔で慶透を見ていた。
「公清、これに関して私は口を出せない」
「う、わかってるよ」
しぶしぶと視線を外した彼女はまだ迷子の顔をしているが、最終的には重い決断をしないだろう。選択が与えられていれば、すぐにまた今度を選ぶ。つまりは先延ばしだ。
(炎陽には先がない)
慶透は、少しだけ彼に協力することにした。とはいっても、やはり決めるのは公清だ。公清が自分自身の気持ちを考える手伝いをするだけ。それに、これは炎陽の背景を知らない彼女が、後で後悔しないためでもある。しっかり考え抜いて出した答えならば、どの返事でも気に病むことはないはずだ。
「公清」
「何?」
「私は、君を手伝うことはできるだろう」
公清の顔が明るくなり、炎陽が疑うような目で慶透を見る。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもない。彼女はこういった状況が苦手だというだけだ」
公清は図星を突かれたようで苦い表情になる。
慶透は何か言いた気な炎陽を無視して、朋泉に向き直る。
「そう難しいものではない。公清、君は炎陽のことをどう思う?」
できれば他の人間に対する彼女の感想を聞きたくはない。単に興味がない。
それよりかは、彼女が自分をどう思っているのかを知りたいと思う。きっと慶透が入学したての頃ならば、事細かに彼女が慶透について、慶透の言動について、どう思うか、感じるかを問うだろう。
今、自分ではなく炎陽について彼女に訊ねられるのは、きっとそういった不安じみたものを感じなくなったからだと慶透は思う。
朋泉として、公清は慶透を信頼しているし、慶透がまた公清を信頼していることも伝わっている。
その自信があるから、他の人間との繋がりに関して余裕を持って、朋泉を手助けすることができる。
「私は、炎陽のことを――」
どんな答えが返って来ても、どんな結果になったとしても、慶透は公清を支えることができるだろう。
ずっと前から炎陽は大きな決断をしていました。
慶透も入学時とはだいぶ変わりました。
続きます。




