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卒業

 溢れかえっていた魔も泉族達によって抑えられ、私達は晴れて卒業の日を迎えた。

 式は卒業生とその親のみの参加で、五家の人間は決起会同様に参加しない。一つ違うことがあるとするなら、泉族の家系ではない子の親も参加できるというところだろうか。


公清こうせい、何をしている?君は泉師の証が要らないのか?」


 目の前に紫の組紐をもった賢叡けんえい先生が呆れた顔で立っていた。

 式はとっくに終わっており、最中に発表された泉師となった者達は組紐をもらって退場するのだが、場内を見渡していたせいで受け取るのが遅くなってしまった。

 私を待って隣にいた慶透けいとうには特に何も言わない。まあ、私のせいだけど。


「すみません、賢叡先生」

「まったくだ」


 賢叡先生は一つ溜息をついて、まずは慶透に渡す。


「慶透、二年間よく励んだ。これからも周囲の期待がかかるだろう。泉師としての役目をしっかりと果たしなさい」

「はい、ありがとうございます」

「そして公清」


 賢叡先生が私に向き直る。


「はい」

「君は――」


 先生は何かを言いかけて、やめてしまった。

 手に持っている組紐をじっと見つめ、手渡すことはせずに、私の帯に沿わせて紐を結んだ。


「この二年、特に環境の変化も大きく、立場も変わった。大変だっただろうが、こうして泉師に選ばれたた。これは、君の努力の結果だ。

 誰に何と言われようと、自分を誇って生きなさい」

「せん、せい」


 意外だった。

 特に一年の頃は泉力の制御ができず、色々と問題を起こして怒られてきた。自分にだけやけに厳しいと思っていた賢叡先生は、見たこともないほど優しい顔をしている。


「さあ、行きなさい。君たちが首席だったのだ。宴会場で待ちわびている者も多いはずだ」

「賢叡先生、ありがとうございます」


 きちんと礼をして、慶透と共に会場を出た。



*



 宴会場は既に人も揃っていて、私と慶透が席についてそう経たずに食事が始まった。

 食事が終われば後は各々で談笑の時間が始まる。


「公清!やったな!」


 すぐに駆けつけてきたのは楽平らくへいだった。いつもより元気なのは、その腰に泉師の証があるからだろう。


「俺達、最初は山の試験でへばってたのに、泉師になったんだぜ!」

「そういえば、そうだったね」


 あの時はまさか首席で卒業することになるとは思わなかった。卒業さえできればよかったのに慶透の朋泉ほうせんになってしまって気が重かった。

 あの頃からは私も楽平も意識が全く変わったけれど、ずっと一緒に頑張ってきた二年を想うと変わらない絆を感じる。


「ああもう、楽平、浮かれ過ぎだよ。公清、慶透様、おめでとうございます」


 後から楽平を追いかけてきたのは賢奨けんしょうだ。

 

「賢奨もおめでとう」

「ふふ、ありがとう」


 彼も泉師として選ばれた。門衛もんえいの家を囲山いさんとして安定させるという彼の目標を叶えるのに、大きく前進したことになる。


「公清様、慶透様、お初にお目にかかります」


 銀の刺繍の入った白い衣に、銀の帯を締めた男性が、賢奨の隣に立って挨拶をした。


「聖家当主、奨叡しょうえいでございます――ああ、お掛けいただいたままでお願いいたします」


 慶透と礼をしようと腰を浮かすと止められた。


「一言、お礼を言わせていただきたく、挨拶に参りました。

 銀家には代々お世話になっておりますが、息子に関しましては公清様個人にとてもお世話になりました。おかげで、我が一族からは数代ぶりの泉師が誕生いたしました」

「そんな、賢奨の努力あってですよ」

「はい、息子の休校期間も修行に励む姿にはとても感動させられました」


 聖家当主は一度息子の顔を見て微笑んだ。


「もちろん、当人の努力もありましたが、公清様から強く影響を受けたと聞いております。本当にありがとうございます」


 彼は深々と礼をしてから、


「では、失礼いたします」


 と、元の席に戻って行った。

 賢奨も私に影響を受けたと言ってくれたけど、私も賢奨にはお世話になってきた。特に、自分の立場が大きく変わる中で、私は私だとずっと友達でいてくれた。


「お初にお目にかかります――」


 次に現れたのは、がっしりとした体格の男の人だった。土色の衣に金の帯。壁家に入門する家だろうか、と予想したところで楽平がその人の腕を掴む。


「ちょ、何しに来たんだよ!」

「こら、放しなさい楽平。道家の者として公清様には何としてもお礼申し上げないと――」

「いい、いい!後で!ここでするな!」

「なに?!ここでせずにいつするのだ!」

「囲山家なら祝賀会に招待できるだろ!とにかく今はやめろ!」


 楽平は顔を真っ赤にして男の人――恐らく楽平の父親を引っ張る。


「公清!悪い、また今度ゆっくり話そう」

「楽平、このっ――公清様!愚息の堕落しきった根性を叩きなおしてくださり――」

「あ~あ~!喋るなよ!」

「――誠にありがとうございます!公清様は我が家にとって神に等しく――」

「黙れって!賢奨、何笑ってんだよ!手伝え!」

「はいはい。じゃあまたね、公清」


 賢奨は楽平の父の背中を押しに行ってしまった。


(そういえば、一年の頃に私は道家で崇められているとか言ってたような)


 ここであの調子でお礼を言われるのも恥ずかしいので、彼の父には申し訳ないが楽平の行動には感謝した方がいいかもしれない。


「公清、そろそろ外に出よう」

「うん」


 五家の人間であり花の子である私は遠巻きにされていたが、聖家や道家が挨拶に来たことでそわそわしだした家もある。五家としての立ち回りには全く自信がないので、できれば交流をせずに帰りたい。

 慶透の後をついて外に出る。

 冷たい冬の風は熱気のあった宴会でぼやけた頭をはっきりとさせてくれる。外には人はほとんどいないが、その中に見覚えのある顔を見つける。

 慶透は迷わず彼に向かって歩いて行った。


炎陽えんよう

「公清、おめでとう」

「ありがとう。炎陽も、おめでとう」


 いたのは同じく泉師の証である組紐をつけた炎陽だった。


「少し、場所を移す」


 炎陽が慶透に向かって言うと、彼も頷いた。

 さっき慶透は外に出る、と言った。帰るではなく。今からのことは二人の間で段取りがついていたことなのだろうか。

 宴会場の声がすっかり遠くなった場所で、炎陽が足を止める。


「公清、お前に伝えたいことがある」


 振り返った炎陽の目は真っすぐで、口元も引き締まっている。


「本当なら、お前だけでも良かったんだが、一回で決着をつけたくてな」

「どういうこと?」

「気にするな。要は、慶透もこの場にいた方が後の面倒がないってだけの話だ」

「はあ……」


 炎陽と慶透で視線が交わる。一瞬、火花か何かが散ったように見えたが、炎陽は直ぐに私を見たため判断がつかなかった。


「公清、俺はお前のことが好きだ」


 炎陽がゆっくりと口を開く。


「前にも言ったと思うが、覚えているか?」

「うん」


 最初に言われたのは二年の始まりで、私に結婚を持ちかける人が出てきた時には、皆の前で堂々と言った。それに彼は行動にも移したから。


(うう、思い出すと恥ずかしいな)


 寒い中なのに、自然と体が熱くなる。

 炎陽は私の変化に気づいて少し微笑んだ。


「俺と、どうか結婚してほしい」


 柔らかい笑みで、強く願う気持ちがこもった声で、告げられる。

 しばらく真っ直ぐにこちらを見る炎陽の瞳にひきつけられて、何も言えなかった。


「あの、それは今、決めないといけない?」


 頑張って言葉を引き出すと、炎陽が嫌そうに慶透を見る。


「今だ。

 今日で泉師学校も卒業。お前と毎日会うこともできないし、どこかの誰かが会わせてくれない可能性もある。要は、今日でないと俺はお前に逃げられるというわけだ。お前の意志に関係なくな」


 遠回りに非難された慶透は知らぬ顔で炎陽の方を見ようともしない。


「公清、今、決めて欲しいというだけだ。

 お前が俺の申し出を受ける必要はない。俺が結婚を申し込めるのは今日が最後というだけだ。この話には今日で決着がつく」


 今日で、決着。

 つまり受けるにしても断るにしても、機会はこれ一度きり。


「炎陽、その、五家同士での結婚は難しいと聞いたけど……」

「考えるな。家のことも、跡継ぎのことも、何も。

 俺はお前と結婚したい。お前はそうしたい――までは行かずとも、そうしてもいいと思うのか、嫌だと思うのか、それが知りたい。

 今の時点で、だ。今は考えられない、というなら断れ」

「でも、これ以降はこういった機会はないってことでしょ?」

「そうだ」


 つまりは返事を先延ばしにするために一旦断るという話ではない。


「ちょ、っと、待って。今、少し考えるから」


 炎陽の真剣な眼差しに、私は直ぐに返事を口にすることはできなかった。

約半年も空いてしまって申し訳ありません。

基本的に学校の宴会では初対面の人が話すことはありませんが、門衛の聖家は祝賀会に五家を招くことが難しいので(明確に決まっていませんが、家格が足りないと考えられがちです)、この場で挨拶をしました。

道家に関しては楽平の判断が正しいです。

つづきます。

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